11.誤解しないで



事の意味が理解できず、紗音は間抜けな返事を返した。


「は、い…?」


いきなり自分の部屋に来てくれと亜弥に引っ張られ、着くなりベッドに座らせられ


「朱志香お姉ちゃんと嘉音くんをくっつけよう同盟を結ぼうッ」


などと言われたのだ。
驚くのも当然だろう。

紗音はしばらくぼーっとし、はっとしたように声を上げた。


「だっダメですよ、そんなの!」


だって、嘉音くんが好きなのは…亜弥様だから。

本人から直接聞いたわけではない。
けれど、何となく分かるのだ。
所謂、女の勘というやつだろう。

とにかく止めなければ!


「それに、どうしてお二人をくっつけたいのですか?」

「え…だって、嘉音くんはお姉ちゃんのことが好きだから」

「へ?」


少しだけびっくり。
一瞬そうなのかと信じかけたが、頭を横に振って否定した。


「そんなはずありません、だって嘉音くんは…」


言いかけて、口を閉じた。
自分が言ってしまってはダメ、彼自身がきちんと伝えなければ。

そう思い、ぎゅっと手のひらを握りしめた。


「嘉音くんは…何?」

「え、えっと…一度嘉音くんに確認した方がいいんじゃないかなと思いまして」


何とか上手く誤魔化す。
亜弥はうーんと唸ると、


「そうだねっじゃあ確認してくるよ!」

「はいっ」


笑顔を紗音に向けて、部屋を飛び出していった。

嘉音くん、後は任せたよ。
ちゃんと思っていること、亜弥様に伝えて?
結果は分からない…けれどどんな答えにせよ、あなたのプラスになると思うから──

亜弥が出て行ったのを見届けてふんわりと微笑すると、紗音は立ち上がって部屋を後にした。




その頃、嘉音は庭園に咲いている薔薇の手入れをしていた。
そして、その隣には──


「でさ、亜弥ったら『大きくなったらお姉ちゃんのお嫁さんになるの』って言ったんだぜ。どうだ、羨ましいだろ?」


朱志香がニヤニヤ顔でそんな自慢話をしていた。
嘉音は、薔薇に視線を向けたまま、


「でもそれ3歳の頃の話ですよね。大体女同士じゃ結婚は無理ですよ」


さらりと冷たく言い放った。
案の定、朱志香は不機嫌そうに顔を歪ませる。
が、すぐにまたニヤリと笑みを浮かべた。


「知らないのかよッ日本は無理だけどな、外国じゃあ認められてるところがあるんだぜ!」

「ですが姉妹じゃ無理ではありませんか?」

「ゔ…」


言い負かされ、ガクッと肩を落とす。
悔しさのあまり睨みつけると、嘉音は得意げな瞳で朱志香を一瞥した。

と、丁度そのとき。
亜弥が駆け足でやってきた。
朱志香は顔を綻ばせると、


「亜弥!」


片手を上げ、亜弥に手を振った。


「あ、お姉ちゃん…」


どうやら角度が悪かったのか、朱志香がいることに気づかなかったらしく、驚いた表情をした。


「あの…嘉音くんに用があったんだけど…。えへへっまた後ででいいや!邪魔してごめんねっ」

「え、ちょっ亜弥?」


朱志香が止めようとする前に、亜弥は元来た道を走って行く。
その後ろ姿を見つめたまま、嘉音に話しかけた。


「一体どうしたんだろうな?」


返事が返ってこない。
どうしたんだと横を向くと、嘉音は立ち上がっていて。
何を思ったか、亜弥を追うようにして走って行った。

一人取り残された朱志香はというと、事態が理解できず


「何なんだよ…」


と、ポツリと呟いた。


誰からの返事もなく、その言葉は風と共に消えていった。




はぁはぁと息も絶え絶えの中、亜弥は走りつづける。

どこでもいい、2人の邪魔にならないところへ──

そんな思いのせいか、気づけば森の中。
深く入りすぎたためか周りは木ばかりで、屋敷の姿が見えない。

とりあえず止まろう。

そう思い足を止めようとした瞬間─


「きゃっ」


枝に足をとられ、ふんわりと体が浮き。
次にバタっと鈍い音とともに、体中に痛みが走った。


「…うぅ、痛…い」


痛みに耐えるのが苦手な亜弥は涙目になった。

立ち上がろうとするが、膝にひどく痛みを感じて座り込む。
見ると、血が出ていた。


「何、してるんだろ…私」


地面にぽたぽたと雫がこぼれ落ちる。
手で目をこするが、それは止まらなくて。

何だか無性に悲しい気持ちになった。

助けて、助けて。


「…嘉音くん」


無意識に出たのは、先ほど自分の姉といた彼の名前。
どうしてだろう…、そんなことをぼんやり考えていると


「亜弥様っ!!」


彼が、来た。

額には汗、そしてとても必死な表情。

亜弥の瞳にはそんな彼─嘉音の姿が映っていた。

嘉音は駆け寄ると、座り込んだままの亜弥を不安げに見つめ


「亜弥様、どこかお怪我をなさったのですか?」


そう、声をかけた。

亜弥は嘉音へ一度視線を向けると、膝を指差した。


「酷い怪我だ…、早くお屋敷に戻りましょう」


亜弥に背を向け、片膝を地面につけた。
どうやら背負って屋敷に戻るつもりのようだ。
けれど、いつまで経っても亜弥は動こうとしない。

不思議に思い、振り返って声を掛けた。


「亜弥様…?」

「どうして、追いかけて来たの?」

「え…」


悲しげな表情に、嘉音は目を丸くした。

何か気に障ることをしてしまったのだろうか。
思い当たる節が見つからない─


「亜弥様のご様子が気になったもので…ご迷惑だったでしょうか?」


その言葉に、亜弥は嘉音から一度視線を逸らし。
そして再び、戻した。


「私は別に構わないけど…嘉音くんは、お姉ちゃんといたかったんじゃないの?」

「…は?」


いきなり何を言い出すんだと言わんばかりに、嘉音は眉をひそめた。
するとその行為にムッとしたのか、亜弥は嘉音から顔を逸らし


「だって嘉音くんは、お姉ちゃんのことが好きなんでしょっ」


そう自信ありげに言い切った。

それを聞いて、嘉音は溜め息をついた。

何を勘違いしているんだ、この人は…。
それになぜ朱志香様だと思うんだろう。

いろいろ考えていくうちに、勝手な思い違いをしている亜弥に対して、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。


「…亜弥様」

「な、何?」

「先に謝っておきます」

「だ、だからな…っ!」


むにぃ…
効果音をつけるなら、まさにこんな感じ。
亜弥は今、両頬を嘉音に摘まれている。
そこまで痛くないのは、大して力が加えられていないからだろう。


「心配を掛けた分と、勝手に勘違いをした分です」

「いひゃい、いみわかんにゃい」

「…猫ですか、あなたは」


ふっと微笑すると、嘉音は摘まんでいた手を離して、頬を優しくさすった。

あまりの心地よさに、亜弥は瞳を閉じる。
その行動に、嘉音は硬直した。

こ、これは…一体どうすれば…?

こういった場面に出くわしたことのない嘉音は、複雑な顔をして悩み始めた。

使用人である自分が、お嬢様に手を出すなどもってのほかだ。
けど、ならどうすれば…。
とりあえず目を開いてもらおう。

そう考えて、嘉音はまたしても頬を摘んだ。
それも、少し強く。
そのかいあって、亜弥は目を開いた。


「いひゃいっほんほにいひゃい!」

「あ…申し訳ありません」


涙目になる亜弥を見て、嘉音は慌てて手を離した。

亜弥は手で頬をさすると、嘉音を軽く睨みつけた。


「女の子の顔に傷つけたなっ責任とってよね」

「…はい」


確かに少し赤くなってはいるが、傷はつけていない。
けれど反論したところで無駄だと分かっているため、素直に頷いた。

亜弥は嬉しそうに微笑むと、


「じゃあねーとりあえずお屋敷まで、お姫様抱っこで運んでっ」


とんでもないことを言い出した。
前に一度彼女が眠っているときにしたことはある。
しかし今は起きているのだ。
はっきり言って、恥ずかしい。

「あの…」

「嫌はダメだからね。それに、膝も痛いし…早く帰りたい」


だんだんと我が儘を言い始める。
やれやれ、そう思い苦笑すると。


「分かりました」

「っひゃ!」


嘉音は合図もなしに座り込んでいた亜弥の体を、軽々と抱きかかえる。
さすがにこれは驚いたらしく、亜弥は両腕を嘉音の首に巻きつけた。
少々力が強かったのか、嘉音は顔を歪ませる。


「亜弥様…少し腕の力を抜いてください」

「あっごめんなさい」


嘉音の苦しげな顔を見て、慌てて力を緩める。
そして、至近距離に嘉音の顔があるためか、亜弥はほんのり頬を染めて俯いてしまった。

そんな亜弥を見て可愛いなと嘉音は心の中で呟くと、屋敷を目指して歩き始めた。




密着しているためか、妙に意識してしまう。
話でもして、気をそらさなくては。

そう思い、亜弥は俯いたまま口を開いた。


「えっと…。こ、こんなところをお姉ちゃんに見られたら大変だね!」

「落としますよ」

「ちょっやだー!」


何気なく言ってみた一言に、嘉音は真顔で恐ろしいことを言ってきた。

慌てて腕に少しだけ力を込める。
ちらりと嘉音の表情を伺い、口を開いた。


「あの、でも…お姉ちゃんのこと、本当に好きじゃないの?」

「はい」

「そっかぁ…」


嘉音は亜弥の顔を盗み見る。
しかし、その表情から何を考えているかは読み取れなかった。


「じゃあ、他に好きな子いるの?」

「……」


その問いに、嘉音は一瞬足を止めた。
亜弥はその行動に、不思議そうな顔をする。

そんな亜弥を嘉音は真剣な瞳で見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「…亜弥様だって言ったらどうします?」

「………え」


予想外の言葉に、亜弥は目を丸くして固まってしまった。
それを見た嘉音は、表情を和らげ


「冗談ですよ。ちょっとからかってみただけです」


してやったり、と頬を緩めた。

その言葉を聞いた亜弥の顔は徐々に赤くなっていく。


「もっもう、嘉音くんのお馬鹿!」


真っ赤になった顔を嘉音の胸元にくっつけた。

嘉音は思わず苦笑い。

本当は、本気だったから。
でも…──


「亜弥様」

「な、なぁに?」


嘉音の呼びかけにそっと、顔を上げる。


自然と絡み合う視線に、どきりと胸が高鳴る。
そして、嘉音の次の言葉を待った。


「亜弥様がまた今回のように迷子になってしまったら、僕がお迎えに参ります」

「…?」

「必ず探し出します」

「あの、嘉音くん?」


よく意味が理解できず、亜弥は困惑した表情をする。

けれど気にすることなく、嘉音は続ける。


「他の誰でもない、亜弥様だけ。亜弥様だけです」


あなたは僕の、トクベツナヒトだから。
今はこの想いが伝わらなくてもいい。
ただ、ただあなたの一番近くにいて。
他の誰よりも、あなたを見つめていたい。
そして、悲しみからは救ってあげたい。

亜弥、あなたの笑顔は僕にとっての光なんですよ。

だからこそ──


「亜弥様だから守りたい、傍にいたい。あなたにはいつでも笑顔でいてほしい。

…僕の我が儘、聞いて頂けますか?」


サァァ…とそよ風が吹いた。

私はこの言葉を耳にしたことが、ある。
いつどこで誰に──
そこまでは覚えていない。
けれど、次の私の返事は記憶に残っていた。

ドクン、ドクンと激しく波打つ鼓動。
深く深呼吸をして、亜弥は返事を返した。


「嘉音くんがそれを望むなら、私もそれを望むよ。
永遠の約束にしよう…?同じ時を生き続ける限り…」

「はい、永遠…です」


2人の約束が永遠になるか…。
その答えは、今はまだ分からない。

けれどずっとずっと昔のこと。
その願いを成就させた、1人の魔女が存在した。
彼女の魔女としての称号。
それは、『不変』──



to be continue..


ネタバレしてしまった笑

20090805



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