09.未来の約束



亜弥宛に一通の手紙が届いた。

嘉音は何となく裏を見る。
そこには、『右代宮戦人』と書かれていた。
字からして男だろう。

一体、誰なんだ…。

もやもやとしたものが渦を巻くのを感じる。
中身を開けたい、そんな衝動に駆られた。

とにかく、亜弥様に渡そう。
それから聞けばいい。

そう考え、嘉音は亜弥の部屋へと向かう。
心なしか、いつもより早足になっていることに気づかないで。





部屋に着くと、早速手紙を差し出した。


「亜弥様、こんなものが届いていました」

「わあ、ありがとう!」


亜弥は手紙を受け取ると、裏返す。


「あっこれラブレターかな?」

「…!?」

「ん?どうかした?」

「い、いえ…」


何か言いたげに眉間を寄せている嘉音。
亜弥は不思議そうに首を傾げると、封筒から紙を取り出して読み出した。

視線が徐々に下へ行く…。

嘉音は躊躇いながら口を開いた。


「あ、あの…」

「何〜?」


手紙から顔を上げて嘉音を見ると、何だか必死そうな表情をしていた。


「戦人様とは、誰ですか?」

「私のいとこだよっ」


あなたの何ですか?
そう聞いたつもりだったのだが、あっさりとそう返事をされて嘉音は瞳をぱちくりさせた。
何だかいつもの嘉音からは想像できないくらい、間抜けで可愛い表情。
亜弥は思わずくすりと笑う。
すると気に障ったのか、不機嫌な表情に変わった。


「戦人様とは、仲がよろしいのですか?」

「うん、だって一応将来を誓い合った仲だからね!」

「そうなんですか。

……って、え?」


またもや瞳をぱちくり。
亜弥の言った発言が理解できていないよう。
くすくす笑うと、亜弥はもう一度繰り返した。


「だからね、将来を誓い合った仲…つまり戦人は私のフィアンセなのです!」


いえーい!とブイサインを送る。
嘉音は度胆を抜かれたらしく、固まってしまっている。


「まぁ、5歳の時の約束なんだけどね」

「あ…そ、そうなんですか?」


少し声が上擦った。
瞳に期待の色が見えている。


「うん、でも戦人は今も本気みたい。ほら、ここにも書いてあるし」


手にしていた手紙を、嘉音に向ける。
視界には文字が広がった。


─亜弥へ

わけがあって、今年の親族会議には参加しねぇ。
亜弥には寂しい思いをさせちまうが…許してくれ。
譲治の兄貴や守音と浮気なんかするなよ!
言っとくが俺はあの約束を覚えてるから、有効なんだぜ!





さらに長々と書かれてあるが、嘉音は読む気になれなかった。
数行目を通しただけなのに、飲まず食わずで1日働いた気分だ。
思わずふぅと息をついた。


なんだか、ムカムカしてきた。
一体何にだろう。
この手紙に?戦人様に?
それとも──


「ね、書いてあったでしょ?」

「…破いていいですか?」

「うん、ってえぇえ!?」


思わずうんっと言ってしまう。
するとピリッと軽い音が。
見ると、手紙の先が少しだけ破れていた。


「わー、まさか本当にやっちゃうなんて…」

「僕は嘘はつきませんよ」

「あははっまぁいいんだけどね」


亜弥は別に困ったわけではないらしく、軽く笑い流す。
そんな彼女に、嘉音は少しだけ期待を込めた声で尋ねた。


「亜弥様は…その約束を、どう思っているのですか?」

「え…?」

「戦人様が今でもお好きなのですか?」


真剣な眼差しを向けられ、亜弥はドキっとした。
そして上へ視線を向ける。
これは何かを考えたり思い出そうとしたりするときの亜弥の癖。
嘉音ももちろん知っている。

答えが見つかったのか、視線が再び嘉音を捉えた。


「あのね、好きって色々あるじゃない。物や家族…とかさ。小さい頃って、そういう『like』と恋の『love』はまだ分からないから、全部一くくりにしちゃうんだよ。

私は戦人のこと、家族として好きだよ」


亜弥は優しくふんわりと微笑む。
普段子どもっぽい亜弥が、何だかとても大人に見えて。
遠くに行ってしまうような気がして、嘉音は思わず腕を掴んだ。


「嘉音くん…?」


いきなりのことに驚き、嘉音を見つめる。
何か言い出そうな、でもそれを我慢するような悲痛な表情。
亜弥はチクッと胸を痛めた。


どうしたの、と声を掛けようとすると、その前に嘉音が口を開いた。


「ここに、いてください」


僕の目が届くこの場所に。
じゃないと、不安だから。

腕を掴む手に少しだけ力を込める。


「急に大人びたことを言わないでください。亜弥様じゃないみたいです」


置いていかれそうで、怖いから。

その言葉を聞いて、亜弥はふふっと微笑した。


「あれね、全部お母さんの受け売りだよ?」

「え…」


何だか、肩の力が抜けた。
腕を掴んでいた手も滑り落ちて。

次第に自分が何を言ったかに気づき、恥ずかしくなった。


「あははっ嘉音くん、顔真っ赤だよ〜」

「そんなことありませんっ」

「ムキになってる〜!」

「なってませんっ」


亜弥から顔を逸らす。

全く、亜弥様といるといつもの自分じゃなくなってしまう。
ここにいてくださいなんて、僕らしくない…。

赤くなった顔を見られたくなくて、部屋から出て行く。
すると、その後を亜弥は追ってきた。
すごくすごく楽しそうに。
そんな亜弥を見て、嘉音は苦笑し。


「けど、悪くはない…かな」

「えっ何か言った?」

「いいえ、空耳ですよ」


あなたとなら、変わることも悪くはない。
むしろ、それを自分が望んでいるような気がした。










「ねぇ、嘉音くんは好きな子いないの?」

「いません」

「あっ紗音か!」

「だからいませんって。それに紗音は姉です」

「シスターコンプレックスってやつだね!」

「っ僕は、そんなんじゃありません!」

「ムキになってる〜」

「…亜弥様なんか嫌いです!」

「あっ待ってよー!!」


あなたについた、初めての嘘。
『like』か『love』か、今はまだはっきりとは分からない。
けれど、いつかきっと──



to be continue..


これは、微妙な三角関係…なのかな?汗
因みに当初は夏妃にではなく、真里亞からの受け売りでした。
が、それじゃあ完璧ギャグ化する!
確実に嘉音は「年下にそんなこと教わって、恥ずかしくないんですか?」とかツッコむから止めました(笑)

20090801



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