亜弥宛に一通の手紙が届いた。
嘉音は何となく裏を見る。 そこには、『右代宮戦人』と書かれていた。 字からして男だろう。
一体、誰なんだ…。
もやもやとしたものが渦を巻くのを感じる。 中身を開けたい、そんな衝動に駆られた。
とにかく、亜弥様に渡そう。 それから聞けばいい。
そう考え、嘉音は亜弥の部屋へと向かう。 心なしか、いつもより早足になっていることに気づかないで。
部屋に着くと、早速手紙を差し出した。
「亜弥様、こんなものが届いていました」
「わあ、ありがとう!」
亜弥は手紙を受け取ると、裏返す。
「あっこれラブレターかな?」
「…!?」
「ん?どうかした?」
「い、いえ…」
何か言いたげに眉間を寄せている嘉音。 亜弥は不思議そうに首を傾げると、封筒から紙を取り出して読み出した。
視線が徐々に下へ行く…。
嘉音は躊躇いながら口を開いた。
「あ、あの…」
「何〜?」
手紙から顔を上げて嘉音を見ると、何だか必死そうな表情をしていた。
「戦人様とは、誰ですか?」
「私のいとこだよっ」
あなたの何ですか? そう聞いたつもりだったのだが、あっさりとそう返事をされて嘉音は瞳をぱちくりさせた。 何だかいつもの嘉音からは想像できないくらい、間抜けで可愛い表情。 亜弥は思わずくすりと笑う。 すると気に障ったのか、不機嫌な表情に変わった。
「戦人様とは、仲がよろしいのですか?」
「うん、だって一応将来を誓い合った仲だからね!」
「そうなんですか。
……って、え?」
またもや瞳をぱちくり。 亜弥の言った発言が理解できていないよう。 くすくす笑うと、亜弥はもう一度繰り返した。
「だからね、将来を誓い合った仲…つまり戦人は私のフィアンセなのです!」
いえーい!とブイサインを送る。 嘉音は度胆を抜かれたらしく、固まってしまっている。
「まぁ、5歳の時の約束なんだけどね」
「あ…そ、そうなんですか?」
少し声が上擦った。 瞳に期待の色が見えている。
「うん、でも戦人は今も本気みたい。ほら、ここにも書いてあるし」
手にしていた手紙を、嘉音に向ける。 視界には文字が広がった。
─亜弥へ
わけがあって、今年の親族会議には参加しねぇ。 亜弥には寂しい思いをさせちまうが…許してくれ。 譲治の兄貴や守音と浮気なんかするなよ! 言っとくが俺はあの約束を覚えてるから、有効なんだぜ!
さらに長々と書かれてあるが、嘉音は読む気になれなかった。 数行目を通しただけなのに、飲まず食わずで1日働いた気分だ。 思わずふぅと息をついた。
なんだか、ムカムカしてきた。 一体何にだろう。 この手紙に?戦人様に? それとも──
「ね、書いてあったでしょ?」
「…破いていいですか?」
「うん、ってえぇえ!?」
思わずうんっと言ってしまう。 するとピリッと軽い音が。 見ると、手紙の先が少しだけ破れていた。
「わー、まさか本当にやっちゃうなんて…」
「僕は嘘はつきませんよ」
「あははっまぁいいんだけどね」
亜弥は別に困ったわけではないらしく、軽く笑い流す。 そんな彼女に、嘉音は少しだけ期待を込めた声で尋ねた。
「亜弥様は…その約束を、どう思っているのですか?」
「え…?」
「戦人様が今でもお好きなのですか?」
真剣な眼差しを向けられ、亜弥はドキっとした。 そして上へ視線を向ける。 これは何かを考えたり思い出そうとしたりするときの亜弥の癖。 嘉音ももちろん知っている。
答えが見つかったのか、視線が再び嘉音を捉えた。
「あのね、好きって色々あるじゃない。物や家族…とかさ。小さい頃って、そういう『like』と恋の『love』はまだ分からないから、全部一くくりにしちゃうんだよ。
私は戦人のこと、家族として好きだよ」
亜弥は優しくふんわりと微笑む。 普段子どもっぽい亜弥が、何だかとても大人に見えて。 遠くに行ってしまうような気がして、嘉音は思わず腕を掴んだ。
「嘉音くん…?」
いきなりのことに驚き、嘉音を見つめる。 何か言い出そうな、でもそれを我慢するような悲痛な表情。 亜弥はチクッと胸を痛めた。
どうしたの、と声を掛けようとすると、その前に嘉音が口を開いた。
「ここに、いてください」
僕の目が届くこの場所に。 じゃないと、不安だから。
腕を掴む手に少しだけ力を込める。
「急に大人びたことを言わないでください。亜弥様じゃないみたいです」
置いていかれそうで、怖いから。
その言葉を聞いて、亜弥はふふっと微笑した。
「あれね、全部お母さんの受け売りだよ?」
「え…」
何だか、肩の力が抜けた。 腕を掴んでいた手も滑り落ちて。
次第に自分が何を言ったかに気づき、恥ずかしくなった。
「あははっ嘉音くん、顔真っ赤だよ〜」
「そんなことありませんっ」
「ムキになってる〜!」
「なってませんっ」
亜弥から顔を逸らす。
全く、亜弥様といるといつもの自分じゃなくなってしまう。 ここにいてくださいなんて、僕らしくない…。
赤くなった顔を見られたくなくて、部屋から出て行く。 すると、その後を亜弥は追ってきた。 すごくすごく楽しそうに。 そんな亜弥を見て、嘉音は苦笑し。
「けど、悪くはない…かな」
「えっ何か言った?」
「いいえ、空耳ですよ」
あなたとなら、変わることも悪くはない。 むしろ、それを自分が望んでいるような気がした。
「ねぇ、嘉音くんは好きな子いないの?」
「いません」
「あっ紗音か!」
「だからいませんって。それに紗音は姉です」
「シスターコンプレックスってやつだね!」
「っ僕は、そんなんじゃありません!」
「ムキになってる〜」
「…亜弥様なんか嫌いです!」
「あっ待ってよー!!」
あなたについた、初めての嘘。 『like』か『love』か、今はまだはっきりとは分からない。 けれど、いつかきっと──
to be continue..
これは、微妙な三角関係…なのかな?汗 因みに当初は夏妃にではなく、真里亞からの受け売りでした。 が、それじゃあ完璧ギャグ化する! 確実に嘉音は「年下にそんなこと教わって、恥ずかしくないんですか?」とかツッコむから止めました(笑)
20090801
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