四天宝寺 短編
ending story

「なんか、あっとゆーまやったなあ」
「卒業とか実感ないわねえ、ユウ君!」
「ほんまやなあ、小春!」


卒業式が終わってなんとなく部室にいると、最後のHRを終えたらしい先輩らが当たり前のように入ってきた。


「…先輩ら、なんでここにおるんスか」
「ワイもおるでえ!白石達が一緒部室行こう言うてな、みんなで来てん!」
「遠山…?」


いつの間にか、懐かしいと呼ぶには早い見慣れた顔ぶれが部室に揃っていた。


「別にええやろ、卒業式くらい思い出に浸らせろや」
「もうここに来るんも最後かもしれんしなあ」


師範の言葉に自分の中にどくん、と何かが流れたのが分かる。


(最後…、やなくてもええやろ)


ほんまはわかっとる。引退したと言ってもたまに部活に顔出しとった先輩らが進学してわざわざ来ることなんて滅多にないこと。
引退して部長を引き継いだ初日、あまりに静かすぎる部活に誰もが気まずくなったのやって記憶に残っとる。そんな静かな部活が、今まで以上に多くなること。


「えー?白石達、もう来んの?」
「来たいんやけどなあ、実際高校入ったら難しいやろな」
「向こうで部活入るならなおさらやな、来る余裕ないっちゅー話や」
「なんやあ、つまらんなあ」


遠山の呟きにみんなが困ったように笑う。困ったように、やけど、みんな嬉しそうに。


「みんな高校バラバラやしね、少なくとも全員揃うんは難しか」
「そやねえ、なんや寂しいわねえ」
「高校離れても俺は小春一筋やからな!」
「あら、嬉しい!」


いつも通りのやりとりと、いつも通りの笑い声。


(なのになんで、こないにも耳障りなんやろ…)


なぜかわからないけど、耳を塞いでしまいたくなる衝動に駆られ、ばれないようにこっそりと部室の隅に移動し、イヤホンを耳へと入れて適当に再生された音楽のボリュームを思いっきりあげた。


「――っ、――んっ、―財前!!!」


いきなり耳からイヤホンが離れ、ハッと気が付くと部室にいる全員がこちらを見ていた。隣に立っている謙也さんの手には、充分に歌声が聞こえるほどに音漏れする俺のイヤホンがあった。


「何するんスか…」
「何するんスかやないやろ!いつの間にかそない隅っこ行っとると思ったらこないな音量で音楽とか聞いとるし!」
「こんなん、耳壊すで?財前」
「財前はほんとに協調性なかねえ」
「お前が言うなや千歳!」


俺に送られる呆れを含んだ視線。それすらも“いつも通り”にして軽く笑っている先輩ら。

そうや、これはいつものことや。なのに、なんで…


(こないに聞きたないんや、見たないんや…)


「ってか財前!お前先輩が卒業するんやから、祝うとか寂しがるとかなんかないんか!」
「ほんまや、音楽聞いとるてなんやねん」
「…なんかして欲しいんスか」


祝う?寂しがる?誰が?俺が?


「まあ、財前はんらしいけどなあ」
「寂しいんならワタシに抱き着いてもいいのよー?」
「浮気か!…ったく、財前が寂しがるんやったら特別に小春貸したってもええ思うたのに」
「…別に、いらんっすわ」


なんか変やろ。特別って何?俺らしいってなんや。
何が普通やってん。何が変わるっちゅうんや。


「ったく、うちには泣いてくれる後輩もろくにおらんのか」
「やっぱりお笑いテニス部やったのが問題やったんやなかと?」
「それはうちのポリシーや!まだ金ちゃんの方がつまらん言うてくれとるやんけ!財前、お前のが1年長く一緒におったんやでー?こう、俺らに感謝の言葉とか述べてくれてもええんとちゃう?」
「財前が謙也に感謝言うとるところとか想像できんわ!でもそれええな!ほら、言うてみい!」


勝手なことを次々と言い始めた先輩らなんていつものことやった。なのに、なんが違ったんやろ。

ユウジ先輩からパンッと肩を押された瞬間に、自分の中で何かが崩れたのを感じた。


「……い」
「ん?なんや?」
「うるさい言うとるんや…っ!!何を好き勝手言うとるんですか!!」


あ、全員目丸くしとるわ。ぐちゃぐちゃの頭の隅っこで欠片みたいにちっちゃく冷静な部分が今の状況を他人事みたいに捉えとる。
普段俺でかい声なんて出さへんもんな。それどころか感情なんてろくに出さんのに。


「なんなんや、さっきから聞いとったら偉そうにごちゃごちゃ…」


ちゃうやろ、言うたらあかんやろ。俺、今から口にすることほんまに思っとるんか?これ言ったらどうなるんや?


「寂しがれ?泣け?祝え?感謝せえ?……ふざけんといてくださいよ」


ああ、だめや。なんもわからん。わからんけど、多分本心や。


「先輩らが俺をテニス部に引きずりこんだんやないっスか!…っ、なんで、なんで俺だけ置いておらんようなるんや…っ!!」
「ざいぜ、」
「そないな無責任なあんたらに、感謝ってなんやねん…っ」


身体が支えられんようになって、寄り掛かっていた壁を伝ってズルズルとしゃがみこむ。頬に伝う熱いもんが、涙なんかやないと思いたい。

膝に顔を埋めてみんながどんな表情しとるのかなんてわからんけど、間違いなくさっきまでの明るい空気は俺がぶち壊して変なもんにしとるのは感じる。


「…っう、うあ…っ」


…なんやこの声、遠山か。なんでお前が嗚咽上げて泣いとるんや。ちゃう、お前を泣かしたかったわけやない。

泣くのやめ、言いたいけど、生憎俺も顔を上げれるような状況やない。


「…なあ、財前?」


誰かが目の前にしゃがみ込んだ気配がしたと思ったら、不意に部長の声が聞こえた。…なんや、なんでこの人こないに優しい声出しとんねん。


「金ちゃんも聞いてな?…俺らも、2人と3年間一緒やったらどんだけ楽しかったやろうて思うわ。同じもん見て、同じ話題で笑って、同じように時間が過ぎとったら、ほんま楽しかったと思うで」


すすり泣くこの声は、一体誰のもんなんやろう。


「ほんま、無理矢理連れ込むだけ連れ込んで、おらんようになるって、俺らはひどい先輩やなあ」


目の前の部長がふっと笑ったような気がして、でも顔を上げる勇気なんかなくて。
そうやって俯いたままの俺の髪を、部長がくしゃりと撫でた。


「でもな、それでもやっぱり、俺らは2人が後輩やってよかったって思うで。…こないなこと言うとまた無責任言われるかもしれんけど、俺らが大好きな四天テニス部を安心して任せられる後輩がおるっちゅーんは、幸せや」


頭に乗った手に力が籠った瞬間、ギリギリで堪えとった声が抑えられんくなった。なんやねん、なんで、そないなこと言うんや。
…ああ、ほんまに最後なんや。


「…っ、謙也さん」
「っおう、なんや!」


もう泣き顔を晒すなんて、今更やろ。今しかないんや、そう覚悟してぐっと顔をあげたら、真っ赤な顔した謙也さんがいて。いや、謙也さんだけやなかった。みんなや。


「…ダブルス組んでもろうて、ありがとうございました。文句いっぱい言うたけど、謙也さんがペアでよかったて、思います…っ」
「っ、おおきにな!財前!」


俺やなくて謙也さんが最後の試合でればよかったんかもしれん、なんて後悔して悩んだ。でも、ちゃう。俺を出してよかった思ってもらえるくらいに、強くなるんや。


「ユウジ先輩、小春先輩」
「…なんや」
「っ、ふふ、なんやの?」
「先輩らにとって、扱い辛い後輩やったと思います。…いっぱい貶したけど、先輩ら見とるの、嫌いやなかったです」
「っ!最後くらいもうちょい素直になってもええんちゃうか!」
「おもろかった、言うてくれてもええのよ?」


俺と張るくらい素直やないくせに、なんてヘアバンで目ぇ隠しとるユウジ先輩を見る。小春先輩やって、笑いに繋げんと素直になるの恥ずかしがる人なんや。


「千歳先輩」
「ん、何言うてくれると?」
「…先輩、いっつもふらふらしとる癖に強いとか、ほんませこいっスわ。…あんたとダブルス組んでも邪魔せんで対等に戦えるくらい、強うなっときますんで、あんたも弱くなったりせんといてくださいね」
「っはは、厳しかねえ」


ふわっと照れたように笑う。忙しいこのテニス部に、ゆとりを与えてくれたんは間違いなくこの人や。…邪魔なんて思わせん、絶対強うなる。


「師範、副部長」
「…おん」
「なんや、財前」
「先輩らは、このテニス部で唯一しっかりしとるっちゅうか、その…、こんだけごちゃごちゃしとるテニス部で、ぶれんで全国目指せたんは、2人みたいな人がおったからやと思います」
「っはは、大袈裟やなあ」


口数は少なくても、しっかり軸を持っとって。性格的に合わんはずのテニス部で俺が腐らずにおれたんは、きっと先輩らがおってくれたお陰や。


「…遠山、話聞けるか」
「っ、おん」
「…これからテニス部引っ張るんは、こんな弱いとこ見せてまうような人間や。お前を甘やかしてくれとった先輩らは今日おらんくなる。…それでも一緒に全国目指せるように、付いてこれるか」
「っ当たり前や!わい、財前好きやでっ!」


ニッと笑う遠山に、思わず口の端が上がる。ぐしゃっと遠山の髪を握った後、そのまま先輩らの方を向き直る。


「…部長、あんたらができんかったことまで、きちんとやり遂げられるよう引き継いでやりますわ」
「っ、…頼んだで、財前」


ふはっ、と普段通りの顔で部長が笑う。先輩らもつられて笑う。遠山もなんや嬉しそうに笑って。ほんま、部長には敵わん。この人が、このいつも通り、ずっと笑っとるテニス部を守ってきた人なんや。俺が、それを引き継ぐ。そして、この人を越えんといかんのやな。


「…当然ッスわ」


先輩らの後輩でよかった。テニス部に引きずりこまれて、この人らと一緒におれて。

こうやって、前を向ける人間になれて。ほんま、俺も幸せや。