氷帝 短編
好きだから *誕*

両手いっぱいの紙袋。鞄やラケットバックにぎっしり詰まったプレゼント。


「あ、長太郎先輩!」
「葵!…ごめんね、遅くなって」


9割が女の子からの贈り物。そんな荷物を持って、俺の部活が終わるまで待っていてくれた彼女の前に出ていくなんて俺は相当無神経だと思う。


「全然大丈夫ですよ。…すごい荷物ですね、持ちましょうか?」
「え!?いいよ、俺の荷物だし!それに女の子に持たせるなんてできないし!」
「女とか関係ないくらいの荷物の量ですよ。重さは大丈夫でも一回に持てる荷物の量は限界がありますから。先輩、ここに来るまでに何度か持ち直してたでしょう?」


軽いのいくつか持たせてくださいね、と俺の手から紙袋をいくつか取り上げて両手に掲げる葵を見て、ますます自分が情けなくなる。他の女の子からのプレゼントを彼女に持たせるって何…?しかも年下の女の子に。情けない。


「長太郎先輩は人気者ですねー…」
「え?そ、そんなことないよ?」
「ふふ、こんなにたくさんのプレゼント貰って人気者じゃないなんて言ったら怒られちゃいますよ?」


おかしそうに笑う葵に、あー…と言葉を濁す。


「跡部先輩も言ってましたよ。自分の次にプレゼント貰っているのは長太郎先輩だって」
「あ…、俺は誕生日が重なってるからだよ。バレンタインだけで言ったら他の先輩達の方が断然すごいはずだし…」
「あはは、謙遜しなくてもいいと思いますよ?私の友達もバレンタインと誕生日で二つプレゼントあげたって言ってたし、そんな人多いんじゃないかなあ…?」


首を傾げながら何事もないように発する葵の言葉に、少なからず落ち込む。

俺らが付き合っているというこの関係は、ごく一部の人しか知らない。自分で言うのもなんだけど、テニス部レギュラーは人より人気があって。同い年や1つ上ならレギュラーの誰かが近くで見ることができるけど、1年である葵が学年でどういう状況に置かれるかなんてわからないから、公表しないことにしている。

だからと言ってはなんだけど、こうやってたくさんのプレゼントをもらったり告白されたりする回数も多いわけで。何がきついって、そんなことを全く気にしていない葵の態度が本当に堪える。

ほら、彼氏としてここはヤキモチを妬いてほしい場面だったり、するんだけどなあ…。そんなこと先輩としてのプライドが許さなくて言えないけど。


「…ねえ、葵?」
「はい?」
「嫌だなあ…とか、思わない?」


でも流石に女の子から彼氏へのプレゼントを彼女である自分が持っている状況なんて嫌がってくれてもいいと思うんだ。そういう期待を込めて葵に尋ねる。


「何がですか?」
「こうやって、彼氏が他の女の人からプレゼントもらったり…だとか」


俺だったら嫌だ。正直、さっき跡部さんの名前が出てきたのだって、いつ喋ったんだろうとか、そんなに仲良くなってるのかなとか。不安しかないのに。


「んー…、全然思いませんね」


ふわっと笑って答えた葵に思わず頭を抱える。…そっか。思わないんだなあ。自信なくすなあ…。

ぼんやりとショックを受けていると、だって、と葵が再び口を開いた。


「長太郎先輩がみんなから好かれている証拠ですよね?」
「…え?」


言っている意味がわからずに思わず間抜けな声を出した。そんな戸惑っている俺なんて全く気にしないように葵は続けた。


「私が大好きな先輩が、みんなから好かれているなんて嬉しいじゃないですか!」
「えっと…、え…?」


なんか今すごく嬉しいことを言われた気がするんだけど、と一生懸命頭を働かせていると、ぱっと目に入った葵は本当に幸せそうな笑顔でこちらを向いて口を開いた。


「みんなから好きって言ってもらえる先輩を好きになった私は、間違ってないんだなあって思えます」


だからそのこんなにたくさんのプレゼントを貰っている先輩を見て嫌だなんて思いませんよ、むしろ嬉しいんです。と笑った葵を見て、無意識的に手に持っていたたくさんの荷物を地面に落とした。


「…?先輩、落としましたよ…っ!?」


俺の腕の中で驚いているのが、表情を見なくても伝わる。そりゃそうだよね、いきなり抱きしめられたら誰だってびっくりするか。

…でも、無理。絶対俺今顔真っ赤だし、葵の言葉が嬉しすぎて心臓が痛い。絶対口元緩んでる。
でも、そんな俺を隠したいって気持ち以上に、ただただ愛しくて抱きしめたい。


「…葵」
「は、い…」
「俺と一緒にいてくれて、ありがとう」


腕の中でわずかに葵が動いたのがわかる。普段は照れたりしない彼女が、多分今俺と同じくらい顔を赤くしているんじゃないかなと思う。見えないけど、なんとなくわかること。


「…先輩、」
「ん?」
「…私も、先輩が一緒にいてくれて幸せです。誕生日みたいな大切な日に、隣に置く存在に私を選んでくれて、ありがとうございます」


誕生日、おめでとうございます。
そう小さな声で呟いて、きゅっと遠慮がちに背中に回された腕に、さっき以上に自分の頬が緩むのを感じる。

こんなにも愛しい人が俺の隣にいてくれるんだって、それに気付けたことが今日一番のプレゼントだなあ、なんて感じながら、白い息を吐いて寒いはずの空間に、感じたことのないくらいの温もりを覚えた。