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「あ、面会時間終わっちゃう」


あれから緊張がなくなった私達は、時間も忘れてお喋りを続けた。

病院内に鳴り響く面会時間終了の音楽に慌てて窓の外を見ると、すっかり暗くなってしまっていた。


「ごめんね、こんな時間まで…」
「全然、楽しかったから。それよりこんな時間に一人で大丈夫…?」
「大丈夫だよ、ありがとう」


お邪魔しました、と幸村君に手を振ってから足早に病院を出る。

幸村君の言うような心配は、多分大丈夫。自慢にもならないけど、所謂変質者に出会ったことは一度もない。

流石に私自身警戒していた時期もあったけど、この出来過ぎたような容姿はそういう人達にまで近寄り難く思われるみたいだった。

なんかもう、ありがたいのか寂しいのかもわかんないですけど。


それよりも、家で待つお父さんの方を気にしなきゃいけなくて。

無駄に心配性だからこれ以上遅くなるのは避けたい。…けど、昨日頼まれた本屋にも行かなきゃなんですよね。


もうすっかり日が落ちた空を見上げて、病院の裏にある本屋へと向かう。

本屋を出る頃には周りのお店も閉まり始めていて、いつもとは違う駅までの道に足を進めた。


多分、今までの経験が私に油断を生んだのだと思う。



「すみません、ちょっといいですか?」



不意にかけられた声に、道でも聞かれるのかななんて深く考えずに応えたことが間違いだなんて思わなかった。

後になって考えてみれば、生まれ変わって以来「私」が道を聞かれた経験だってないというのに。



「はい?」
「…白神紗弥さん、ですよね」
「…え?」


目の前の男性の口から突然飛び出した自分の名前に、目を見開くことしかできなかった。

ハッと気が付いたのは、男性が驚いて固まっている私を腕を掴み力強く引っ張った時だった。
本能が告げる。これは、やばい。


「っ、離してっ!」
「なんでそんなこと言うの?やっとこうして、あなたに触れられたというのに」


にっこりと笑ったこの人は、普段だったら好青年と評価されるのだろう。
でも、今の私にはただぞっとするだけの笑顔だった。


「知らないっ、私、あなたなんて知りませんっ!!」
「嘘はつかなくていいんだよ。毎日毎日、僕はあなたを見てたんだ。近寄り難い程の神々しさを放っていたあなたが、こんな風に優しく変わったのは僕のためなんだろう?」


僕のために変わってくれるなんて、幸せだなあ。

そう言ったこの人は、スルリと私の頬を撫でた。

こんなにも、誰かを気持ち悪いと思ったのは始めてだ。


「いや…っ」
「怖いの?そうだよね、あなたは汚れなんて知らない存在なんだから。大丈夫、僕に任せてくれれば」


怖くて身体が動かない。声すら出なくなってきた。

男と目が合って、恐怖しか感じない笑顔が徐々に私に近付いてきた。


ああ、なんでなんですかね。こんな瞬間に脳裏に浮かんだ顔は、私が依存している証拠なのかもしれません。


「っ、助けて、ジャッカル君…っ」


絞り出した声は誰にも届かないくらい小さな声だったのに


「っ!おい!離れろっ!!!」


突然目の前に現れたこの人は、どこまで私を惹きつけるんですか。



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