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「お母さん」
「あら、紗弥。毎日ありがとう」


病室に入るといつも通りの笑顔でお母さんが迎えてくれた。


「もうすっかり元気だね」
「私は最初から元気なのよ?一週間も入院なんて大袈裟!」
「しっかり休んでってことだよ。無理してたんだから、退院してもお店私が手伝うからね?」


私の発言に不満そうに頬を膨らませるお母さんに思わず笑いが零れる。


「あら、そのお花は?」
「あ、幸村君へのお見舞いなの。この間何もできなかったから」
「トルコキキョウ…綺麗ね」


小さな籠にアレンジメントしてもらった花を持ち上げて眺める。

一輪だけの紫の花の周りを囲うような七輪の白い花。


「何か意味はあるの?」
「んー、…秘密」


口元に指を当てて笑うと、お母さんは拍子抜けしたようにぽかんと口を開いた。

そうして一瞬固まったお母さんは、すぐに心底おかしそうに笑いはじめた。

…なんか恥ずかしくなってきたんですけど。


「ほんと、紗弥変わったわね」
「え…?」
「今までも私やお父さんに遠慮することはなかったけど、そんなに楽しそうなあなたを見ることができるなんて思わなかったわ」


そう言うと、お母さんは優しく微笑んで指先で花を軽く撫でた。


「今日は早く幸村君のところに行ってあげなさい?私は元気だから」


…敵いませんね、本当に。

何度でも思う。私は両親にどれだけ心配をかけて、どれだけ大切にされてきたんだろう。

前世じゃ当たり前だったことを、こんなにも喜んでくれているなんて。


「…ありがとう、また明日来るね」


こんな幸せがずっと続きますように。そんなことを考えながら病室を出る。

隣の幸村君の病室の前に立って荷物を確認しながら、ふと疑問が浮かんだ。


(私、ジャッカル君以外の友達と2人きりになるの初めてかも…)


クラスの子達もいつもみんなでいて、テニス部の人といる時も誰かが周りにいたから…。

自分に襲ってきた久しぶりの緊張感を落ち着かせるように深く息を吐いて、病室の扉をノックした。


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