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練習前に部室でレギュラーのみのミーティングをした後ユニホームに着替えて部室を出ると、既に練習を始めている平部員のボールの音がリズム良く聞こえていた。
「一年もそこそこラリー続くようにはなってきたんじゃね?」
「そうですね。今年の一年生も向上心が強い方ばかりですから」
なんとなくすぐにコートには向かわずに、コートを見渡せる場所で全員が練習風景を眺めていた時だった。
「…あれ?ジャッカル君、みなさんも…」
「え…って、紗弥?なんでこんな時間にここにいるんだ?」
「この間の遅刻の件で、理由の書類提出しなきゃいけなくて」
といっても正当な理由にするための形だけなんだけど、と笑う紗弥に勢いよく赤也が反応した。
「紗弥先輩でも遅刻とかするんスか!?」
「ばーか、正当な理由のっつってんだろぃ!お前とは違うの!」
「えー…ってかそんな書類とかあるんスね!俺が遅刻した時もそんなことしてくれないッスかね?」
「赤也の場合9割が寝坊だろう。そんな理由が認められるわけがない」
「全く、たるんどる!!」
赤也の一言で全員に広がった会話を、話し掛けられたはずの紗弥はクスクスと笑いながら眺めていた。
「…悪いな、うるさくて」
「そんなことない、楽しいよ?」
心底楽しそうに笑う紗弥に心の中で溜め息をつき、話題を変えることにした。
「時間、大丈夫なのか?」
「うん、面会時間はまだ余裕あるし。もうそろそろ行くけど」
「そっか。お母さんによろしく言っといてくれ」
「ありがとう!きっと喜ぶね」
そう言った直後に、あ…と呟いた紗弥はしばらく考え込むように俯いてから顔をあげた。
「…差し出がましくなければ、だけどね。幸村君に伝えることとかあったら伝えとくよ?」
紗弥の提案に一瞬驚いたが、すぐに昼休みの会話を思い出した。
「頼んでも、いいのか?」
聞こえてきた声に振り向けば、いつの間にか話を止めていた連中がこちらを向いていた。
「あ、もちろんいいよ!みんな頑張っててお見舞い行けないって聞いたから…。私なんかで迷惑じゃなければ、だけど」
「迷惑なわけがないじゃろ。むしろありがたすぎるくらいじゃ」
その会話をぼんやり眺めながら気付く。今までだったら『白神様に頼めない』だったそれは、友達になったから変わったのではなく、幸村を思ってのことだ。
結局、誰ひとり幸村を一人にさせて大丈夫なんて思ってる奴はいないんだな。
「先程のミーティング内容を纏めたノートだ。これを、渡してくれないか」
「っ、うん、わかった!」
そして力強く頷く紗弥は、きっと誰かの役に立てることが嬉しくて仕方ないんだろう。
(少しずつ、いろんなものが変わってるんだな)
「…紗弥、ほんと印象変わったな」
「ん?」
病院へと向かった紗弥と別れコートへ向かう途中、隣でブン太がぼそりと呟いた。
「前の紗弥は見た目の印象しかわかんねえけどよぃ、友達になったからとかじゃなくて、多分今の紗弥は初対面の人でも親しみやすく感じるくらい、柔らかくなってんだよなあ」
「そう…なのか?」
「おう。ま、悔しいけどジャッカルのおかげなんだと思うぜぃ?」
ニッと笑ったブン太に戸惑う。
じわじわと汗ばむ気温に、季節は紗弥と出会った春から夏へと移り変わろうとしているのを感じた。
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