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[bkm] 「これで全部の家回ったけえ。遅くなったが町行くかの」 「…ねえ、仁王」 「ん?」 「…俺、まだ仁王を許せてないよ」 妙な寂しさを拭うように口にした言葉は、仁王を責めるようなものだった。久々の再会で、喧嘩になるような言葉を言ってしまったことに一瞬後悔したものの、すぐに隣から仁王の笑い声が聞こえてきた。 「なんだよ」 「いや、うん。幸村は、そうじゃよな」 「は?」 「みんなに黙っておらんくなったことを、怒ってくれとるんじゃろ」 ありがとな、と真面目な顔で放った仁王の言葉は、声を失わせるには充分だった。 「まあ、俺が黙っとった理由は、さっき幸村が聞いた通り今になって考えるとくだらんプライドだったんじゃけど。どこに行くかくらい、言うべきじゃろかって、あの頃ずっと悩んどった」 「…じゃあ、なんで」 「人と関わるん、苦手じゃったけえの。あの頃、自惚れじゃなく、みんなが仲間じゃって思ってくれとるんが、嬉しかった半面、今までの自分と違いすぎて理解できんかった」 ここでお別れ、なんて伝えたら、間違いなく悲しんでくれとったじゃろ。お前さん達は。照れくさかったんは、じいちゃんっ子とかじゃなくて、そういう気持ちを貰うことの方やったんじゃよ。 小さな声で、でもはっきりと紡がれる言葉達に目をつむる。 仁王がいなくなることに気付けなかった悔しさと、確かに人との関わりが不得意だったこいつが、俺達に確実な信頼を置いてくれていたことの嬉しさに、目の奥が熱くなる。 「ばか仁王」 「ふ、ほんまじゃの」 「っていうか、じいちゃんっ子ってなんだよ」 「仁王家で方言使っとるん、俺くらいじゃったじゃろ」 「…ああ、お姉さんとか標準語だったもんね」 「この髪もの、姉貴に染められたとか言いよったけど、じいちゃん好きすぎてお揃いとか言って染めたんじゃよ」 「ぷはっ、なにそれ!あほすぎる」 「じいちゃんからめちゃくちゃ呆れられたけどのー」 「じいちゃん…って、あの人じゃないよね?」 「ああ、あれは叔父。じいちゃんは、去年の夏に死んだ」 軽く発された言葉に、勢いよく顔をあげる。仁王の顔は真剣だった。 「もう、そげん長くないことは分かっとったけん。ほんとはあの頃部活引退したらこっちに移るつもりじゃった。やけど、卒業だけはちゃんとしてこいって」 あれが、じいちゃんから本気で怒られた最初で最後の説教じゃった。そんなん、聞かんわけいかんじゃろー。 へらっと笑って話す仁王に、あの頃の仁王がそんなに将来を真剣に悩んでいるなんて一ミリも気付かなかったと零す。流石詐欺師、じゃろ?とまた仁王は笑ったけど、あの頃の仁王のペテンなんてすぐに見破っていた。こいつは、本当に大事なことは絶対に気付かせない。 「卒業式の夜にはこっちに着いとった。じいちゃんに教えてもらえることは、一つも逃しとうなかった。時間が限られていると分かっていたから、必死だったんじゃ」 ブレザー姿で転がり込んだ仁王を、おじいさんは笑ったらしい。馬鹿じゃの、と言われたらしいが、きっと、嬉しかったんだろう。 「…ああもう、お前に会うことがあったら盛大に責めてやろうと思っていたのに」 「ふ、予想外にええ男になっとったじゃろ?」 「っていうか、連絡くらいできただろ!2年半、何回連絡してたと思っているんだい?」 「連絡…?」 「だから、携帯!番号は繋がらなかったけど、メールは送信されてたし諦めずにこうして何回も何回も…、…あれ?」 「…お前さん、あんだけ迷ってて携帯見ようとは思わんかったんか」 「圏外!?まじ!?」 この村、一帯が携帯の電波なんて入らんぜよ。 仁王の言葉に呆然として何度も電波の更新を試みるが確かに入る気配すらない。 「固定電話も一応はあるが、村の連絡はアナウンスで済ませることが多いしのう…。電波が入らんことくらい分かっとったからこっち来てから携帯なんてタンスん中に入れっぱなしじゃ」 「…は、は。じゃあ、俺らの連絡は無視されてたわけじゃなくて」 「…届いとらんかったっちゅうことじゃの」 町に入ったら、電波は悪いが入らんことはないとさらりと伝える仁王に肩を落とす。なんだそれ。俺達がどれだけ仁王を心配して、怒って、悲しんで、何度返事を期待してメールを送ったと思っているんだ。 「…町に入ったら、携帯繋がるってことだよね」 「おん」 「ねえ、知ってる?お前がいなくなってから、仁王は結婚しただとか、刑務所に入っているだとか、海外逃亡しただとか、とんでもない噂が絶えなかったんだよ」 「…物騒じゃな」 「そんな噂を馬鹿にせずにひとつひとつ虱潰しに探し続けた連中がいることを、お前は知るべきだ」 本当に、俺達がどれだけお前を探したか。2年半、諦めずに何度も何度も、お前の居場所を探したか。 俺以上に、心配していた奴がいることを、お前は知ればいい。 prev next back |