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[bkm] 「なんでこんなところに、は、俺の台詞だよ」 「あー…」 「今まで、ずっとここにいたの?2年半?」 「…おん」 気まずそうに、ぽつりぽつりと言葉を交わす。状況はつかめないが、間違いなく俺の前にいるのは仁王だった。 「…っ、ふ、はっ、はははっ」 「えー…」 「だって、お前、いなくなったと思ったら、こんなところで農作業って、ふ、ふふ」 笑うんじゃなか、と不機嫌そうな表情をした仁王に、また笑いがこみあげてくる。 「はーる!お前はよ行かんかい!」 「おん、すぐ出るけえ」 「町でええんじゃろ?みんなのとこ寄ってから行けよ」 「連絡は?」 「自分でしときんしゃい」 片付けが終わったらしいおじさんの声で仁王が動く。みんな?連絡?と2人の会話に疑問を感じていると、不意に頭上のスピーカーから音声が聞こえてきた。 『今から町に車出すけえ、用があったら家に寄るまでに考えとってな』 …なんとも雑なアナウンスだなと呆けていると、隣に立っていたおじさんが口を開く。 「はるの、知り合いじゃったんか?」 「あ、はい。中高同じ学校で、6年間、同じ部活のレギュラーでした」 「あー、テニス部の!そうかそうか。へえ、んじゃあ久しぶりの再会っちゅうやつじゃの」 久しぶりの再会、その言葉に、何故かあの日の柳生の言葉が思い出された。 「…あいつ、俺らに何も言わずにいなくなったんです。6年間共に過ごして、仲間だと思っていたけど、仁王は俺らに行先すら告げたくなかったんですかね」 自虐的に零した言葉に、おじさんはぽかんと口を開けたかと思うとまた豪快に笑い始めた。 「あー笑った。…はるはなあ、あいつ、変なとこでプライド高いけんの」 「…?農業をするのを、隠したかったってことですか?」 「いーや、この村で育った奴で、農作業を馬鹿にするような奴はおらんよ。…この村で一番の農家が、はるのじいちゃんでの。はるはガキん頃からじいちゃんっ子じゃったけえ、高校卒業したらここを継ぐって、昔からずっと言うとった」 あいつが兄ちゃんらに言えんかったんは、おじいちゃんっ子じゃったっていうことが気恥ずかしかったんじゃろ。昔っから俺らにからかわれとったしの。 おじさんの言葉に目を見開いていると、ばしん、と大きな音が響いた。 「余計なこと話しとるんじゃなか!」 「よー、はる。お前、東京じゃ格好つけとったんじゃの」 「東京じゃなくて神奈川!っちゅーか、もうええじゃろ!ほら、幸村行くぜよ!」 ぐい、と腕を引かれて走り出す。バランスを整えながら仁王を見上げると、真っ赤になっている耳が見えて思わずくすりと笑う。 「ほら、車乗りんしゃい」 「へえ、軽トラ…。仁王って外車とか運転するイメージだったけど」 「そんなん荷物載らんじゃろ」 荷物?と荷台の方を見ると、たくさんの段ボールが積まれていた。 「はる兄ー!町行くってほんと!?」 「漫画とお菓子買ってきて!」 「あー?おまんら、小遣いないっちゅーてたじゃろ。我慢しんしゃい」 「えー!」 「はるちゃん、わざわざ寄ってくれたんやねえ。でもまだなんもいらんみたいよ」 「んー?ばあちゃんそろそろティッシュなくなる頃じゃなか?」 「ああ、そうじゃったわ。よう覚えてくれとるから、ほんと助かるわあ」 「はる!丁度よかったわ!うちの子風邪引いてしもうたけん、薬買うてきてくれん?」 「ん、了解。ついでにスポドリ買うてくるけん」 「ありがとね!あ、今日トマト載せとる?」 「あるぜよ。やけど風邪なら夏野菜は食べさせんとき。ネギとかはおまけな」 「ふふ、もうしっかり農家ん子になったねえ」 先程のアナウンスの意味はこれか、とすぐに理解できた。町までの道、余すことなく全ての家に車を寄せて用件を聞いて回る仁王に、俺はただ助手席に乗っているだけだった。 「はるって呼ばれてるんだ」 「あー…うちの家系、男はみんな雅ってついてたからのう」 「なるほど。…なんでみんなの家を?」 「町まで遠いじゃろ。年寄りも多いけん、若い奴が動いちゃらんとな」 当たり前のように話す仁王の横顔は、2年半前の俺が知っている仁王とは別人みたいで、毎日テニスをしても焼けなかった肌が少し黒くなっていたりだとか、テニスではつかない筋肉でたくましくなった腕だとか、あんなにフラフラしていた奴と同一人物だとは、どうしても思えなかった。 prev next back |