夢以外の小説 | ナノ



02



[bkm]



「…暑い」


大学のゼミ合宿で訪れた地。行きの車の中であちこちに見かけた植物が魅力的で、それらを一人でゆっくり眺めるために買い出しのじゃんけんにわざと負けた。…そこまではよかったんだ。


「どこだよここは」


店は合宿所を出てすぐのバス停からバスに乗って2つ目の停留所。そう聞いて、そのくらいだったら迷わずに歩けるだろうと思っていた俺が馬鹿だった。まだ一つ目のバス停すら見つけていない。

体力もある、日差しにだって慣れていると高を括っていた俺に、もう現役とは違うんだと現実を突き付けてくるような距離と暑さ。最初は楽しんでいた自然も楽しむ余裕がないくらいの絶望。一本道で迷うはずもない道なのになぜ着かないんだ。

こんな日差しが苦手な奴がいたな、とついつい懐かしいことまで思い出してしまうくらいの熱気。こんなことならじゃんけんに負けるんじゃなかった。田舎とはいえ、なんで一人も人に会えないんだろう。


「…兄ちゃん、美人さんじゃの。見らん顔じゃが…誰かの親戚か?」
「っ!人!」


不意に掛けられた声に振り返ると、そこには50代くらいの真っ黒に日焼けした男性がいた。俺の間抜けな反応に豪快に笑う姿は、とても好感が持てる。


「はあ?バスで店まで?…あー、あそこの施設の学生さんか。兄ちゃん、そりゃ無茶じゃろ。この村、バス停なんて3か所しかねえ」
「…3、ヶ所?」
「つまりだ。兄ちゃんの合宿所の前が始発点。その途中に1ヶ所。そして、合宿所から村の反対側の終点。これで3ヵ所、村の全てのバス停」
「は、あ!?」
「バスなんて、じじばばがまとめて町の病院に行くために動いてるようなもんじゃけえの。こっから歩いて行こうとしたらまだあと2時間くらいかかるんじゃなか?」
「…えええ」


いきさつを話して道を聞こうとすると、笑われるどころか盛大に呆れられた。…っていうか、ここから2時間?冗談じゃない。


「…仕方ないの、ちょっと待っとれ。…はーるー!はーるー!聞こえとらんのか、はる!!」


突然畑に向かって叫び始めたおじさんに驚いて、畑の方に視線を向けて目を凝らすと、確かに誰か人影が見える。殺虫作業でもしているのか、全身防護服に包まれたその人を遠くから眺め、暑そう…と小さく声を漏らすと隣から笑い声が聞こえる。

おじさんの声が聞こえたのか、作業を止めたその人がこちらへ向かってきた。顔も見えないその服のまま、なんじゃ、と不思議そうな声が聞こえる。


(このおじさんの言葉を聞いた時から思っていたけど、この地方に来たのは初めてなのに、方言がすんなり耳に入ってくるな…)


「はる、お前ちょっとこの兄ちゃんを町まで連れてってくれんか?」
「…え!?いや、悪いですよ!」
「ええからええから。次バスが通るのは、4時間後じゃし」
「4時間…」
「…兄ちゃん?」


おじさんの後ろにいたからか、俺の存在に気付いてなかったのだろう。首を傾げて俺の方へ視線を向けて、固まった。


(…固まった?)


「はる、はよそれ脱いで車出しんしゃい。畑の方は、俺が片付けとくけえ」
「…お、おん…」


なんだろう、この妙な感覚。初めて聞くはずなのに、すんなり耳に入ってくる方言。はるって名前。この人の戸惑い方。…まだ顔も見てないのに、脳が告げる。

俺は、この人を知っている。


「…初めまして、じゃ、ない…?」
「……」


俺の声に、気まずそうに俯いた後、防護服の顔の部分を外した。
知っているどころじゃない。6年間、毎日目にしてきた銀色が、顔よりも先に視界に飛び込んできて、次第に見えてくる肌は、あの頃より少しだけ日焼けしていて。


「…なんでこんなとこにおるんじゃ、幸村」
「に、おう…」


高等部を卒業してから2年半、一度も顔を合わせることがなかった男が、確かに目の前にいた。




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