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06



[bkm]



「なんじゃこれ」
「おう、はる。お前さんに荷物が届いとるけえ、部屋持っていき」
「んー?」


玄関に雑に置かれた段ボールを持ち上げていると奥の部屋から叔父の声が聞こえた。
泥まみれの手で触った部分に送り主の名前が書かれていたようで、作業服で手を拭った後に宛名シールについた泥を払う。


「…ふ、なんじゃこれ」


送り主名に書かれていたのは「立海テニス部」の文字。

あの日幸村にせがまれ住所を書いたメモを渡したが、それが使われることもなく数ヶ月が経過していた。
相変わらず携帯はタンスの中に入りっぱなしで音信不通。
それらを気にする暇もない毎日を過ごしていたところへ、この荷物だ。

恐らく赤也が書いたのであろう相変わらず雑な字で書かれた懐かしい言葉に、気持ちが上がるのも無理はなかった。


「…ほんまに、なんじゃこれ」


今日俺は同じ言葉しか言えないのか、と思わず頭を抱えながら箱の中を覗く。
消して小さくはない段ボールの中には、敷き詰められた小さな封筒。数えるのも嫌になるくらいの、手紙の数々。


「…あんのクソ眼鏡」


いつだったか文通に浪漫があるとかなんとか語っていた奴に、手紙なんて読むのも書くのも苦手だと話した記憶がある。

ああ、あいつはやっぱり怒ってないわけじゃなかったんだと知る。
この手紙を見た俺の反応を予想して、嬉々としてあいつらに提案したのであろう。
大成功すぎる嫌がらせじゃ。


「…こんなもん、読む暇ないっちゅうに」


一番手前にある手紙の封を切る。


“仁王君、最近見かけませんが学校にはちゃんと来られているんですか?”


「…なんじゃ、これ?」


書かれていたのはたった一行。
首を傾げて次の封筒に手をかけ、先程とは違い雑に開ける。


“お前、柳生のメールに返事くらい返せよな。あいつがすぐ気にすんの、お前が一番知ってんだろぃ”
“今度の連休、レギュラーメンバーで集まろうって言ってんだけど、来るだろぃ?”
“丸井が返事が来ないと機嫌を損ねているぞ。一言でいいから返信くらい返したらどうだ”
“仁王、お前、立海にいねえの?”
“仁王君、立海の建築学科に進学したのではなかったのですか”
“学校中のどこを探してもお前がいない。どこにいるんだ”


「…ほんま、なん、これ」


今更送ってくる内容の手紙でもない。それに、これは手紙というより


“仁王、ブン太達から聞いたよ。立海にいないってどういうことだい?”
“どこに行ったのだ”
“おい、仁王。お前いなくなったって本当かよ?なあ、なんで俺達に何も言ってねえんだ?”
“仁王先輩!いなくなったって、嘘ッスよね!?ありえねえって分かってんのに、高等部まで探しちまってるんですけど。いつもみたいに、ふらって出てきて笑うんでしょ!?”


これは、メールだ。


“今月の幹事は俺だぜ。今月こそ来るだろ?”
“仁王。俺が幹事の集まりで来ないなんて、ありえないよね?”
“今月は俺だ。返事を返しておらんのはお前だけだ。早く返さんか!”
“仁王先輩!今月は俺ッスよ!先輩達は俺が幹事とか無理だって笑うんスけど、ちゃんとやってるの、見てくださいよ!”
“今月の集まりは焼き肉だ。精市のブーイングを押し切ってまでお前の好物を用意している。来ないという選択は、いけないな?”
“仁王君。協調性がないのもいい加減にしたまえ。今月こそは来るように、いいですね”
“おーい仁王。もう幹事一周してんだけど。本来ならお前の番なんだからな!今度はお前が2回連続でやれよぃ!”


読む暇がない、なんて誰が言ったのか。次々と開かれていく封筒は畳に散らかっていく。ずるずると柱に身体を預けて、声もなく笑いが零れる。


“もう、いなくなって3ヶ月とか。嘘だろぃ。なあ、どこ行っちまったんだよぃ”
“仁王がいなくなって5か月。お前が結婚したという噂が流れている。まさかとは思うが、婿養子ということで苗字が変わっている場合も考えて探している”
“もう半年ッスよ。仁王先輩。俺の部長としての活躍、聞いてくれないんスか?”
“お前がいなくなって、もうすぐ1年が経とうとしている。赤也がプロ入りを決めたぞ。仁王、お前は後輩の門出も祝ってやれないような薄情な奴だったのか”
“仁王、1年半もどこに行ってるんだよ。みんな口は悪いけどよ、本気で心配してんだぞ?”
“ふふ、今日は面白い噂を耳にしたよ。お前がいなくなって2年も姿を現さないのはお前が刑務所に入っているからだってさ。確かにそれなら顔を見せずに連絡も返さない理由にはなるよね。…ねえ仁王、そんなくだらない噂にすら縋って全国の事件を探す俺らを、お前は愚かだと思うかい?”

“仁王君。いい加減に帰ってきてください”


いつの間に流れたのか、頬を伝う涙を土のついたままの手で拭う。
幸村の絶対零度の笑顔より、真田の制裁より、柳のデータ詰めの説教より、柳生の小言より、丸井の文句より、ジャッカルの溜め息より、赤也の涙より、どんな怒られ方をするより、これは効いた。


“2年半、あなたに言いたかったことがひとつも伝わっていなかったと聞きましたので。遅くなりましたが、全て送らせていただきます。どうですか。ちゃんと、伝わっていますか”


「あほ、柳生…」


ぐ、と最後の手紙を握る。皺が入ろうが、気にならなかった。


「…誰があほですか、仁王君」
「…っ!?」
「ふはっ、間抜け面だろぃ!仁王!」
「すっげー。仁王先輩が日焼けしてる!俺より黒い!」
「ほう。話に聞いてはいたが、農作業をしている仁王というのは興味深いな」
「畳の上に土がついたまま上がるとは、たるんどるぞ!」
「手紙が苦手な仁王がよく全部読んだな」
「ふふ、久しぶりだね。仁王」


横になっていた体勢で、急にできた影に勢いよく身体を起こす。
覗き込むように俺を囲んでいたのは、懐かしい面子で。


「な、に、しとるんじゃ、おまんら…」
「何って、決まっているでしょう」


状況が理解できない俺に、全員が声を揃えて笑った。


「遊びにきたんだよ」



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