「どんな課題が出たの?」 「このプリントなんだけどよ」
2人が教室に残って勉強を始める。いつもだったら生徒も疎らになる時間帯の教室内には、その様子を伺うクラスメイトが全員残っていた。
『ちょ、全員残ってどうすんの。様子見てるのバレる!』 『だって気になるじゃん!!』 『いいんじゃね?俺らがまだいることに全く違和感感じてねえみたいだし』
確かにひとつの机を挟んで向かい合う2人は、俺らのことなんて気にもせずにプリントに集中していた。
「“瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ”…百人一首?」 「この間のテストに出てただろ?一字決まりの7首を暗記して書けってやつ」 「うん」 「国語苦手だからよ、暗記のところだけは点数取ろうとしたんだけど、現代語じゃないし頭に入らなくてな。むすめふさほせの最後のひとつ間違えてたんだよ」 「だからこれなんだね。…“この短歌に感情移入した時、自分の心情を書きなさい”…先生面白い課題出すんだね」 「面白いか?分かんねえよ」
百人一首の意味なんて、一々覚えて暗記しないだろ。ジャッカルもそう思ったのか溜め息をついている。でも苗字はそんなジャッカルに微笑んでいた。
「川瀬の流れが速くて、岩にせきとめられて別れてしまった急流がいずれはまたひとつになるように、今は離れ離れの私たちも、いつかまた逢えると信じています」 「え…?」
苗字の言葉にジャッカルも俺らも首を傾げる。苗字は柔らかく笑ってプリントを指差した。
「この短歌の大体の意味なの。昔の言葉だけど暗号でもなんでもなくて、人の気持ちが綴られただけのものなんだよ」 「人の気持ち…」 「うん。折角覚えるんだったら、詠んだ人の気持ちも大事にするだけですごく近付けた気分になるんだよ」
ニッコリと微笑んだ苗字の言葉にジャッカルは真剣に考え始めた。
「感情移入って自分の立場に置き換えて考えるでしょう?今のジャッカル君が大切にしている人と離れた時にどう思うかな、とかまた逢えるって信じた時どういう行動するかな、とかそういう気持ち書けばいいんだと思うよ」
(…すげえな)
たかだか学校の課題が、すごく大事なものに感じられる。気が付いたら、面白半分で二人を覗いていたクラスの奴らも考え込んでいるようだった。
「名前だったらなんて答えるんだ?」 「え?」
ジャッカルの質問に、苗字はキョトンとした後、綺麗に笑った。
「私は、作者みたいな恋愛感情はまだわかんないけど…。今の私にはジャッカル君やみんながすごく大切だから、離れることがあっても絶対また逢いたいって思う」 「〜〜っ、…卒業したりして離れても、逢えたりできんのかな」 「逢えるよ」
苗字は凜とした声を教室に響かせた。
「逢いたいって気持ちがあったらね、逢えるんだよ。生きてれば、絶対に」
生きてれば、と言った苗字が少し寂しそうに見えたけど、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「少なくとも私は、絶対ジャッカル君に逢いたいって思う」 「〜〜っ!!」
赤くなったジャッカルを見て、羨ましさが冷やかしたい気持ちを上回った。
これだけ大切に思ってもらえる人がいるなんて、どれだけ幸せなんだろう。
『ジャッカル!!課題のプリント貸して!!』 「は、はあ?」
ジャッカルから奪いとったプリントに、クラス全員の手によってびっしりと文字が書き込まれていく様子を2人は呆然と見ていた。
「っはは、仲良いクラスだな」
提出されたプリントを見て、担任が職員室で笑っていたなんて誰も知らない。
“2人がどれだけ離れても、うちらが全力で探し出す!!
絶対みんなで逢いたい
だから二度と逢えないことはありえないから、安心して想い合えるよ”
乱暴に書きなぐられた言葉は短歌に込められた逢いたい気持ちと同じ、昔も今も変わらない想い。
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