1万打 | ナノ







「苗字さん、お待たせして申し訳ありません…!」
「全然いいよ、部活お疲れ様」
「…ありがとうございます」


放課後教室で柳生君を待つ。これが付き合い始めてからの私の日課。

柳生君は部活が終わると急いで迎えにきてくれる。


(幸せ、だよね。やっぱり)


「帰ろっか」
「はい、……あ」
「どうかした?」


柳生君の視線を追って、自分が落ち込むのがわかる。

目に映るのは、部活の道具だろう荷物を抱えて廊下を歩く女の子。


「…苗字さん、少し待っていただいてもいいですか?」


申し訳なさそうに声をかけてくれる柳生君に、私は無言で目を逸らす。


「…苗字さん?」


ごめんね、名前も知らない女の子。私だって普通の女だから知ってるよ。そのくらいの荷物なら問題なく持てるよね?


「…?すぐに戻りますね」


優しく微笑みながら廊下へ向かう柳生君の手首に手を伸ばす。


「え…?」


驚いた表情で振り向いた柳生君に、緊張で声が出ない。



“そんな風に気にしてくれとる好いとる彼女を、可愛く思わん男はおらんよ”



(仁王、あんたを信じるからね…!!)


フラれたら慰めさせてやるから覚悟しといてよね!!


「い、行かないで…ほしい…っ」
「…え?あ、あの…?」
「柳生君の、誰にでも親切なとこ大好きだよ。だけど…、私といる時に私を置いて他の女の子のとこ行くの、結構辛かったり…する」


あああもう、自分で喋ってて私鬱陶しい!!
顔上げる勇気もない。私こんな弱かったっけ?

…っていうか無言が重い。


「…ごめん、いきなり何って感じだよね。面倒臭いこと言いたくないし、困ってる人助けてる柳生君に悪いとこなんてないんだけど、…嫉妬した」


や、柳生君何か喋ってくれないかな…?呆れてものも言えないとか?


「〜っ、自分でも鬱陶しいこと言ってるの分かってるから、怒ってくれてい…い、……柳生、君?」


覚悟を決めて顔を上げると、目に飛び込んできたのは、真っ赤な顔で口元に手の甲を押し当てている柳生君の姿。


「え?…っと、柳生君…?」
「す、すみません…っ!!今、顔を見ないでいただけますか…!?」
「う、ん?」


よく分からなかったけど、言われた通り顔を見ないように後ろを向いた。


「…〜〜っ、」
「このまま、聞いていただけますか?」


突然背中に感じた温もりに、抱きしめられているのだと分かる。混乱した頭で、なんとか柳生君の問いに頷く。


「…こういう時、どうしたらいいのか分からないのです」
「え、こういう時って…」
「苗字さんを悲しませていたことを、謝らなければならないのに。……あなたの言葉が、嬉しくて仕方ないんです」


かああ、と身体中に熱が集まるのがわかる。



“なんも思わんとか言われたら、柳生なんてやめときんしゃい。そんなん男じゃなか”



仁王、素直になる勇気をくれてありがとう。この間詐欺にかけたことなんて許してあげる。


「…柳生君」
「はい」
「こんな風に心狭くて、言葉遣い悪くて、女の子らしくなくて、…そんな私でもいい?」


覚悟を決めて尋ねる。正直、そんな問い掛けだって私らしくない。

でも、聞きたい。


「当たり前です。…ありのままのあなたを、好きになったんですよ」


ああもう、幸せすぎて涙出そうだ。






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