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「…はい?」


訝しげに声を発した彼女を見て、柳は俺に耳打ちをした。


「間違いないな?」
「う、うん!!」


慌てて頷くと、柳は彼女に向き合って口を開いた。


「呼び止めてしまってすみません。1週間前にこれがお世話になった方だと言うのでお礼を言いたかったのですが」


これ、と言ったと同時に柳は俺の背中を前に押した。


「っ、あ、の…っ」
「…1週間前?なんのことですか?」


彼女の冷たい声に、俺も柳も固まった。
当事者の俺が言うのも変だけど、結構衝撃的なことだと思ったのに。


(…覚えて、ない…っ)


じんわりと涙が浮かびそうになるのを必死に堪えていると、頭上から柳の声が聞こえた。


「すみません、かなり迷惑をかけたみたいなので覚えているかと思ったのですが。大雨の日に電車で雷に怖がっていたのを覚えていませんか?」
「電車…?ああ、もしかしてあの子かあ!ごめんごめん、覚えてるよ!私顔覚えるの苦手だから気付かなかったんだ」


ふわっとあの時と同じ笑顔で笑った彼女に安心して、堪えていた涙がとうとう流れた。


「え?なんで泣くの!?」
「……幸村」
「ご、ごめんなさっ、安心してっ」


目を見開いてこちらを見つめる彼女と、呆れた顔でこちらを見つめる柳の視線に圧されて、どんどんと下を向いてしまう。


(…っ、なんで俺、こんなに情けないんだろ…っ)


「幸村、彼女に言いたいことがあるんだろう?」


柳の言葉にはっとして、俺は袖でゴシゴシと目を擦って顔を上げた。


「あ、あの時っ、ありがとうございました…っ!!ずっと、言いたくて、えっと、」
「あはは、律儀だねえ。私も楽しかったし全然いいのに」


軽く笑ってくれた彼女に感動していると、柳が再び口を開いた。


「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「真崎透、そこの女子中の3年です。…君は立海だったんだねえ」


目を細めて話す彼女に、制服で学校をわかってもらえた嬉しさで思いっきり頷いた。


「ゆ、幸村精市ですっ!!俺も、3年…っ」
「同じく柳蓮二と言います。真崎さん、お願いがあるのですが」
「ん?なに?」


柳の突然の言葉に、俺も彼女も顔を上げた。


「幸村は女性がとても苦手です。それなのに、あなたのことは嬉しそうに話すんです。…よかったら、幸村の女性恐怖症を治すためにも、これと仲良くしてくれませんか?」
「やっ、柳…っ!?」


(何を言ってるの!?)


恥ずかしさから顔に熱が集まってくるのがわかる。
そりゃ、彼女と仲良くなりたいとは思うし、自分から提案する勇気なんて到底ないけど…っ。


「あー…、ごめん」


真崎さんが出した低い声に肩を震わせて顔をあげた。


「幸村君は別にいい子だと思うけど、無理」
「…なぜですか?」


柳の落ち着いた声で対応してくれているのに、俺は俯いたまま。


「私、立海生が嫌いなの」


冷めた顔で去って行った彼女の言葉に、俺は頭の中の何かが崩れ落ちた気がした。