メモ

色々なものが置いてあります


::櫂アイで六兆年パロ そのさん

がさり。

音がした。何の音だ?
薄目を開ける。腫れが引いたのか、いつもと同じ部屋が目に入る。
灰色の部屋。村人の男たちに言わせると狭くて汚い部屋。
染みがまた増えている。赤黒いのは、俺の血だろう。

がさがさ、がさがさ。

音が近づいてきた。“外”からだ。この部屋には今、俺しかいないから当然だ。
村の男たちが部屋を訪れるのは【おしおき】の時だけ。俺が倒れたらおしおきは一旦終了、翌日に持ち越し。
吐き出すような暴力と蔑んだ目の毎日。
あきれるほど変わらない、俺と村人の“習慣”だ。
壁際に寝転がったまま、すぐそばにある窓を見る。
その向こうから小さな影が寄ってきた。

「……ねぇねぇおかあさん、あながあるよ」

喋った。人間なんだろうな。だが俺よりもずいぶん小さい大きさ。だからきっと子供ってやつだ。

「このあな、てつのぼうがついてて、なかにはいれない」

鉄格子のことだな。時々この部屋に来る人間が色々喋るから、それは知っている。

「――なかにねこがいるのに、たすけられないよ」

ねこ?何の話だ。中にいるのは俺だ。俺はねこなのか?いや、忌み子のはずだ。だがじつはねこなのか。だったら――

“たすける”って、なんだ。

「何をしているの!」

女の悲鳴だ。さっきよりももっと早い勢いで草が揺れ、何かが近づいてくる。女だ。

「この家には近づいちゃ駄目って言ってたでしょ!」

ぐいっ。

女が子供を引っ張った。ちいさい生き物はああいう風に扱われるものだろうか。俺とおなじか?
思った瞬間、女は子供を抱きしめた。
ふるえる声で女は言う。

「……いなくなって、心配したのよ……っ」

あれ?心配?
そんな言葉、知らない。聞いたことない。そんなやわらかい声も、聞いたことがない。抱き締める手の力強さも、

“そもそもそんな触れかたも。”

――……知らない。

「お、おかあさ……」

「……っ、怒っているんじゃないのよ。おかあさんはあなたが心配なだけ」

目から水をだしはじめた子供に、女――“おかあさん”とやらが懸命に話す。

「ここには怖い忌み子がいて、近づいたら呪われちゃうのよ。だからおかあさん、あわてたの」

「ほんとう?おこってない?」

「怒ってないわ。でも近づいちゃだめ。分かった?」

「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい。おかあさん、ごめんなさい」

子供の大声。目からあふれでる水。きっとあれは、涙だ。
何度か女が一人で流すのを見たことがある。
「泣かないで」と“おかあさん”が言う。ならあの涙を目から出すのが、泣くってことか。
どうしてあの子供は泣いているんだろう。分からない。別に考えるようなことじゃない。
きっと、あれは“近づいてはいけない世界だ。”

「もういいのよ。おかあさんもきつく言ってごめんね?ほら、手を繋ご」

「うん……」

“おかあさん”と子供が手を繋ぐ。しっかりと、手を繋ぐ。

「ほら、もう夕暮れよ。帰りましょう」

「うん、おうちにかえる!」

繋がれた手が夕日に映える。
寒い。また、寒い。
“帰る”二人の姿を見ていると、なぜか寒くてたまらない。

「……おかあさんのおてて、あたたかいね」

あたたかい、なんて知らない。

「繋いでいるからよ。それにあなたのことが大好きだから」

だいすき、なんて知らない。

「ぼくもおかあさんだいすき!あっ、でもおとうさんもすき」

「ふふ、私もお父さんのこと好きよ。家族だものね」

「うん、おうちにかえるの、だからだいすき!」

家族、なんて。帰る、なんて。おうち、なんて。

俺は何も知らない。
 

2013.12.29 (Sun) 12:41

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