メモ

色々なものが置いてあります


::櫂アイで六兆年パロ そのろく

草が揺れる。
近づいてくる。
誰が?男は去った。遠くへ行った。もう姿も見えない。なら、誰が?

「……………」

聞こえてくる荒い呼吸。
ぽたり、ぽたりと血の雫が葉に落ちる。
少しずつ音が近づいてくる。太陽を背にした、黒い人影が。

「――……そこに、いるの?」

「!!」

声をかけられた。俺に?
……俺にだ。

風が吹く。俺に声をかけた人間。女の子供。
昨日見た“おかあさん”と似ているようで、でも全く違う。
俺より少し小さな“女の子”。
その、少し長い髪が揺れる。
青い髪を夕日が照らし、一本一本まで綺麗に見えた。

先ほどまで打たれていたらしい、腫れた両頬。切れた瞼から流れた血が顎から落ちていく。
まるで、あれた。子供が目から流していた水。涙。
でもそこにいるやつの涙は赤い。赤い雫。紅い涙。
着古された服はところどころ破れていて、すきまから痣だらけの体が見える。
青黒い痣や紫の痣。黄色くなった痣は、毎日くりかえし殴られた痕だ。
俺には分かる。俺の体についているものと同じだからだ。

――――おなじだ。

すぐに思った。理由などなく思った。祈るように縋るように、思った。

「……そこに、いるんだよね」

問われる。音が近づいてくる。姿が近づいてくる。
あの男が言っていた意味を理解していないのだろうか。俺に近づいては、いけないのに。なのに。

「いる、よね?」

窓の外から、顔をのぞきこまれた。
――……どうして。

「……やっぱり、いた」

ため息をつかれる。だがいつもの感じているような、呆れたもの、蔑むものではない。むしろ、安心したような。
……安心?なんだ、それは。どうして俺はそんなことを思ったのだろう。単語は知っていても、それを見たことなどなかったはずなのに、どうして。

「ねぇ、………ひとり、なの?」

さっきと違い、答えを求めている問いをかけられる。
ひどく薄汚れて、ひどく虐げられて、ひどくいたぶられているのにもかかわらず。
それでも隠しようがないほど美しい瞳が、俺を見つめた。

「………っ」

爪を噛む。あまりに眩しくて。
近づいてはいけない。考えてはいけない。俺は何もしてはいけない。
いけない。のに。

分かっているのに、無視出来なかった。

…………。

ゆっくとうなずく。

ふわり。

微笑みかけられた。いつもかけられている、あざわらう笑顔ではなく。村人たちのような、見下す笑顔ではなく。
ひそかに。やわらかく。

「僕も、ひとりなんだ。―――おなじ、だね」

「―――――!!」

おなじ。おなじだと言った。俺が初めて見た瞬間、そう感じたのと同じことを。
本当か?本当の本当の本当か?
信じられない。
少女はゆるく笑んで、俺に手をさしだす。
涙で赤くにじんだ目もとが、朱い夕焼けを背にきらめく。
ひびとあかぎれだけで真っ赤にすりきれた手のひらが見えた。

まるでいつかの“おかあさん”が子供にさしだした手のひらみたいに。

「僕の名前はアイチ。君の名前が知りたいな」

微笑まれて、体がふるえた。わけもなく震えた。

すまないな、俺には名前も舌も無いんだ。
 

2013.12.29 (Sun) 12:46

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