”鬼” (45ページ)
『斎藤さん、襟巻きを貸してもらえませんか?』
「分かった」
名前の首元には山南さんの手の痕が残っており、それを隠したいのだろうと察した斎藤は襟巻きの予備を持ってきた。
「これでいいか?」
『ありがとうございます』
斎藤の白い襟巻きを貰い、名前は首に巻きつける。何となく、いい匂いがする気がする。斎藤さんの匂いなのだけれど・・・
「っ、そんなに匂いをかがないでくれ・・・」
『駄目ですか?こんなにいい匂いがするのに』
襟巻きを顎のところまで持ってき、匂いをかぐ名前を斎藤は止める。
「い、いや・・・そうじゃなくて・・・・・・」
名前はうろたえながらもどこかを見ている斎藤の視線の先を見る。
『・・・沖田さん?』
沖田が笑顔(目は笑っていない)でこちらを凝視しているのだ。何となく察した名前は・・・
『斎藤さん、今日一日借りますね』
斎藤との会話を切り上げ、沖田のほうへ向かった。
「山南さん、峠は越えたみたいだよ」
数刻後、広間へ井上が入ってきた。その知らせに皆、安心の溜め息をつく。
『なら、山南さんは大丈夫なんですか?』
「いや・・・まだ目を覚ましていないから何とも言えない状況かな」
『・・・そうですか』
ごめんなさい。私が腕を治すことができれば・・・。力が足りなかったから・・・。と名前が静かに後悔していた所、襖が開いた。
「おはようございます」
男にしてはやけに甲高い声である伊藤が入ってきた。
「ごほごほごほっ」
「大丈夫か総司」
「ぅん・・・空気がよどんだからつい」
なんて沖田の嫌味も通じない。この人は本当に嫌な人だ。土方なら突っかかるであろう所をさらりとかわして自らの疑問を投げかける。
「あら、こんなにさわやかな朝なのに皆さんの顔が優れないのは昨晩の事件と関係あるのかしら?」
「おい、ごまかせよ左之」
「えっ、お、俺がか?」
「はいはい、大根役者は黙ってて。そういうことは説明上手な人に任せましょうね」
沖田は斎藤へ目配せする。それを察した斎藤が口を開いた。
「伊藤参謀がお察しのとおり昨晩屯所内にて事件が起こりました。しかし、状況はいまだ芳しくなく。今晩にでも改めて伝えさせて存じます」
「事情は分かりましてよ。そういうことでしたら今晩のおよばれ心待ちにしていますわ」
伊藤はそう言うと部屋を出て行った。
「なんだか見逃してもらえたみたいだけど?もしかして一君の対応が気に入ったのかな?」
「そう願いたいものだな」
「幹部が勢ぞろいしてんのに山南さんだけいねぇんだぞ。山南さん絡みだってことくらい察しがつくだろうが」
「そうでしたね・・・あの人めんどくさいなぁ」
斬ってしまえれば楽なのに。死人に口なし。伊藤を黙らせるにはそれしか方法はないだろう。だが、それは局長である近藤が許さない。近藤は伊藤に心酔してしまっている。沖田という通り、めんどうな人物だ。