池田屋事件 (22ページ)
『土方さん、俺だけを呼んだ理由は?』
忙しいであろうこの時に、名前は土方に呼び出された。そこには土方だけではなく近藤と山南以外の幹部たちが揃っていた。
「お前の素性について、だ。 まだ千鶴に拾われたってことぐらいしかわかってねぇ。それに殺すことに躊躇いがないときたからな」
つまり、千鶴に出会う前の話をしろ、と。人を簡単に斬り捨ててしまう俺を危険分子かどうか確認したいのだろう。土方の思惑を理解した名前は戸惑いを見せながらも静かに語りだした。
『時間もないようなのでなるべく簡潔に話しますが・・・』
―――俺は元々、奴隷だっだ。
自我が芽生えたときには手足を縛られており檻に閉じ込められていた。そこでは人身売買が行われていたのだ。俺もその中で買われた身。自由など何一つなかった。
掃除が遅い、汚い、など理由を付けては殴られ蹴られ・・・痣ができない日なんてなかった。血が流れない日なんてなかった。
だけどまだ、ましだった。暴力にさえ耐えていればよかったから。
大きくなるにつれ、成長するにつれ、それだけでは駄目になった。
・・・性処理。それも大切な仕事の一つで。
無理やり押し倒されては濡れてもいないところに挿れられる。
とても痛かったけれど、痛い、嫌だ、やめてと叫べば叫ぶほど行為はひどくなることを知っていた名前はただ下唇を噛んで耐えていた。
そして一番辛かったのは・・・廃棄処分。
主人がいらない、と言った子は処分されていった。そして、処分するのは主人が決めた者・・・小太刀程度の長さの刀を渡し、処分しなさい。その言葉を発するのみ。後は俺達がその子たちを殺した。
たとえ、主人に隠れて助けたところで食事も満足にできないままでは餓死するだけ。
『俺が初めて殺した子は弟のように懐いていた子でした』
刀がかたかたと震え、焦点を碌に合わせることができなかった。
だけど、
何してるの?早くしなさい。
残酷な声が響いたと同時に私は彼に刀を突き立てていた。
『うわぁぁぁぁぁあ』
「あぁ・・・あ、あ・・・・・・・・・」
彼の息が絶えるまで俺は泣きながら刀を突き続けた。
「こんなことで泣くなんて。躾がなってない」
そんなことを言われ、泣いてる俺に鞭を打つ。俺は必死に謝ることしかできない。下手なことをすればさらに怒らせるだけだから。
そんな風に何人もこの手にかけて・・・あるとき気付いた。一回で殺してあげれば、痛みも少なくて済むと。そして・・・
「名前、笑って。笑った顔が好きだった、から・・・」
名前は泣きながら笑った。それが名前が殺す時に口角を上げる理由だったのだ。
いつの間にか気付かぬうちに癖になっていた。
殺したくない、殺したくないけど、殺さなければ俺も殺される。
そんな地獄にいた名前は感情を亡くしてしまうのも必然だろう。表情がないのはそのためだ。
そんな日々を過ごしていたある時、名前に相談がなされた。
「俺はここから出る。作戦も立てている。他のやつ等も乗り気だ。お前はどうする?断ってもいいが、断るなら・・・」
刀を首元につけながら、話す男。奴隷にも縦社会は存在する。主人からの信頼、好感度によって順番は決まる。その男は俺より上に存在する者だった。
―どうせ、殺されるのなら・・・
外の世界が見てみたい。単純にそう思った。
『乗ります』
「そうこなくっちゃな。じゃ、お前は囮を頼む。適当なところまででいいから」
『・・・わかりました』
嵌められたと、ただ囮がほしかっただけだと思った所で文句を言って殺されては何もなくなってしまう。
だから俺はその作戦に乗り―――
『無事に外の世界へ出ました。初めて見る世界はすごく輝いて見えました』
けれど・・・今までわずかとは言え、確かに貰っていたご飯がもらえなくなり、餓死しそうだった。
『そこで出会ったのが千鶴です』
すれ違っていく皆が汚い俺を見て見ぬふりする中、千鶴だけが手を伸ばしてくれた。綱道さんも俺を受け入れてくれ、千鶴の家でお世話になることになった。
『始めは人間なんてこんな私利私欲に走るような人ばかりだと思っていました。そのような人ばかりを見てきましたから。だけど、千鶴はそうじゃなかった』
こんな俺のことを家族だって言ってくれた。とても大切だって言ってくれた。
『だから、俺は決めたんです。俺は俺の意思で千鶴を守る、と』