池田屋事件 (19ページ)
元治元年五月
「あのっ!」
「何だ?」
千鶴は巡察から帰ってきた斎藤と沖田に声をかけていた。
「そろそろ父を探しに外に出られないものかなと思って」
「それは無理だ。今はあんたにかまっている余裕はない」
冷たく言い放つ斎藤の反対を取るように沖田は言った。
「巡察に同行するくらいならいいんじゃない?」
「本当ですか!?」
途端に瞳を輝かせる千鶴に沖田は軽く笑いながら言葉を続ける。
「巡察って危険なんだよ。自分の命くらい自分で守ってもらわなきゃ。・・・って名前ちゃんも冗談だから。そんな殺気の含んだ目で見ないの」
『申し訳ありません』
「謝ってほしいわけじゃないんだけどな・・・って聞いてないね」
考え込んでいる様子の名前を見て沖田は肩をくすめた。
確かに、そろそろ不満だよね。掃除や洗濯、料理などをする許可をもらったから多少自由にはなったけれど、本来の目的は綱道さん探しだ。・・・あの人は怪しいと思うから、できれば探したくないのだけど。千鶴の願いならば何だって聞き入れる。そう誓った。
『俺が千鶴を守ります。それじゃ駄目ですか?』
「名前ちゃんが守る、か。確かに君なら大丈夫だと思うけど」
沖田は途端に笑みを崩した。何か悪いこと言ってしまったのだろうか。
「俺が試してやる」
「ちょっと一君、それ本気?」
「あぁ。腕前を見せて貰った方が副長に助言しやすい」
「名前・・・」
心配そうに千鶴が俺を見る。
『大丈夫だからね』
千鶴の頭に手を乗せ、ぽんぽんと安心させる。そういうことなら本気でいかせてもらおう。俺の強さを見せた方がいいというのなら。
『俺は見てのとおり、二刀流ですがよろしいですか?』
「かまわん。お前の好きなようにしろ」
『そうですか、では・・・』
俺は両腰にある剣を抜き、斎藤さんと向かい合う。
『お願いします』
刀を構えたまま、時間が過ぎていく。互いに互いの隙を探りながら少しずつ、少しずつ移動していく。
ジョリ…
空気がとまり、二人の刀と刀がぶつかり合う。
――キンッ
『っ・・・』
力の差で名前は押されていく。がまだまだ名前は負けん気だ。
キンキンキンッ―――
押しては押され、それの繰り返し。
刀は斎藤の刀の半分もないほどであるが、二刀流であるからか、少しずつ名前のほうが押すようになってきた。二刀流の武士などいない。斎藤と同じ右差しの武士もほとんどいないのだが、名前にとっては、右差しも左差しもさして変わりはなかった。
「くっ・・・」
『・・・・・・・・っ!!』
名前の首元には斎藤の刀が当てられていた。息の上がり始めた名前の突きの一瞬を狙ったのだ。
「名前!!」
「へぇすごいね。一君とまともにやりあうなんて」
「うむ。問題ない。巡察に同行できるよう俺たちから副長に頼んでみよう」
「ただし・・・逃げようとしたり、名前と千鶴ちゃんが離れたり、巡察の邪魔になるようだったら殺すよ?」
「『ありがとうございます』」
千鶴は満面の顔で、名前は少し悔しそうな顔でそう言った。
「まさか、あそこまで強いなんてねー」
「あぁ。驚いた。自己流であそこまでやるなどたいしたものだ」
二刀流を教える流派などない。だとしたら自分で身につけたということになる。自己流ではいくらなんでも限界がある。だが名前の剣筋はほぼ完成系といえるほどのものだった。
「二刀流かぁ・・・僕も試したくなっちゃった」
「やめておけ。名前に稽古はつけないのか?」
「そんなことしたら僕たちより強くなっちゃうかもよ?」
「問題ない」
斎藤は実際戦ってみて隊士たちより使えると思ったのだ。幹部でも名前を倒すのは困難であると、身をもって体験したのだから。