いつまでも (197ページ)
ときどき二人は人里まで山を降りる。人里から離れて暮らす彼らだが、全く関わらないで生きていけはしない。お互いがお互いの見張り役となっているけれど、もし人を襲ったりしたら大変だ。その為、人里には一日掛けて歩かないとたどり着かない。
『・・・沖田さん、遅いなぁ』
三日前、一人で町に用があるんだと出て行ってしまった。往復一日で二日間使うとしても町に一日いれば十分なはずだ。そこまで大きな町ではないのだから。
「いい加減、名前で呼んでって言ってるよね?名前?」
『・・・!?』
どこから声がするのかと思えば玄関からからだ。玄関には沖田がびしょ濡れの状態で立っていた。
『早く入ってください!お風呂すぐに沸かしますから!!』
大丈夫だよこれくらい、という彼を押しのけ名前は無理矢理お風呂場へと押し込む。このままでは風邪を引いてしまう。
「分かった分かった。ちゃんと入るから。名前、その包み開けといて」
沖田が抱きかかえていた包み。その包みは沖田の体と反して濡れていなかった。恐らく沖田はこの包みを濡れないように抱いて走ったのだろう。この辺りは雨が降っていない。だからどのくらい雨に打たれたのかは分からないけれど着物の色が変わる程度には濡れている。これを傘代わりにしたらよかったのに、なんて思いながらそっと包みを開いてゆく。
『・・・わぁ、綺麗』
そこにあったのは薄い紅色の女物の着物で。小さな花が刺繍されているのが可愛らしい。名前がその着物に見惚れていると急に背が暖かくなって。
「気に入った?」
耳元から声がする。後ろから抱きかかえられているのだと理解した。そのままくるっと後ろを振り返る。
『とても綺麗だと思います。・・・それよりまだ髪が濡れているじゃないですか』
くしゃくしゃと手拭いで沖田の髪を乾かす。
「・・・そう言えば、屯所でもこんなことがあったね」
『そうですね。懐かしいです』
あの時は沖田は労咳を患っていて。体調もあまり安定せず、巡察の回数を減らされていた。名前は目を細め懐かしむ。そろそろ髪も乾いたかなと手を止め、沖田から離れようとする。けれど手首を捕まれて
「名前。さっき名前で呼ばなかったことを覚えてるよね?」
真っ黒い笑みを浮かべる沖田。逃げなきゃ、と思う時にはもう沖田の胸元にいて。
「ねぇ、君から接吻して?するまで逃がさないからね」
今から夕食を作らなければならないというのに。このままでは何も出来ない。名前は恥ずかしながらも仕方なく沖田の唇に自分のそれを重ね合わせる。そしてすぐに離れようとしたのだけれど、いつの間にか彼の手は名前の後頭部にあって。力強く押さえつけられていて逃げ場を失う。
『・・・んんっ、ふぁ、っあ』
ぬるっと息をしようと開いた口の間から舌が侵入してくる。追い返そうとした舌を逆に巻き取られてしまって、逃げ切れない。ピチャピチャと厭らしい音を立てて唇が離れた。繋がった銀の糸が先程までの接吻の激しさを掻き立てる。
「分かった?また”沖田さん”なんて言ったらお仕置きだからね」
『・・・はい、まだ慣れなくて。ごめんなさい。総司さん』
名前は息が上がっているというのに、総司はなんてことないという様子だ。悔しい。けれどそれに構っている暇なんてなくて急いで夕食の準備をし始めた。
『どうですか?』
あの着物は名前への贈り物らしく、夕食後それを着てみることにした。今までは袴を履いていたり、男物の洋装だったからか違和感を感じる。変な感じ。髪は下の方で一つに結った。その姿で沖田の前にいるのだが返事が無い。もしかして似合っていないのだろうか。そんな不安が胸を占め始めたころ。
「・・・すごく、似合ってるよ」
沖田は照れた顔を隠すように掌を顔に宛がう。もう片方の手でちょいちょいと呼ぶので近づいた。
『・・・え?』
何かが名前の頭に挿された。手で確認すると簪で。
「よく似合ってるよ」
『ありがとうございます』
どんなものかは見えないけれど後で確認しよう。今は彼の嬉しそうな顔が見れるだけでいいじゃないか。