君が故 (175ページ)
俺はなぜだか胸騒ぎがした。何か嫌な予感がした。怪我のせいなんかじゃないと何故だか確信してしまい、眠ることができずに外の様子を見るかと階段を降りている時に偶然聞いた。
「さっき町外れの峠を超えようとしたら斬り合いをしていてな」
宿場の女将といかにも旅人だという者が話していた。
「白髪の男が二人、数十人相手に立ち回っていてな。まるでこの宿場を守っているみたいにな」
その言葉を聞いて俺は走り出した。とは言え、怪我を負っている身。松葉杖をついて急ぐが、せいぜい普段の歩いている速さ程度だろう。だが今の俺にはそれが限界だった。
白髪の男が二人。思い当たる節がある。実は一人は女で男装している奴で。―――総司と名前なんじゃねぇかって。二人の命はもう長くないはずだ。
俺は傷の塞がっていない身体を引きずりながら峠を目指す。早くいかねぇと、いそがねぇと。
千鶴は驚いた。薬を持って来たのだが土方の姿がないことに。
「お連れさんなら今しがた外へいかれましたよ」
「ありがとうございます」
土方さん、怪我が治っていませんよ?土方さん、無茶しないで下さい。
私は急いで宿場を駆け出した。するとすぐに土方さんの影を見つけることができた。
「土方さん、何してるんですか。戻ってください」
「煩い」
「無茶しないでください」
これだけは引けない。傷だらけの身体で無茶をしたら余計に怪我が長引く。身体にも善くない。だから私は何が何でも止めるつもりだった。だけど
「この先で白髪の男が戦っていたらしい。この宿場を守るように。きっと総司たちだ。今のあいつらに戦わせたら・・・」
土方さんの言おうとする言葉が分かってしまった。だから私は止めることができなかった。土方さんの身体は悲鳴を上げているとわかっていながら。
「あいつらを見捨てるわけにはいかねぇ」
「私もお供させてください」
土方さん一人だけに行かせるわけにはいかない。私は土方さんに肩を貸しながら二人がいるであろう峠へと向かった。だけど―――辿りついた先には誰もいなかった。いや、誰もいなかったわけではない。浪士が辺り一面に倒れている。皆刀傷が出来ており、二人が倒したのだろうと推測された。
「・・・これは」
名前の刀。それからもう一本の刀が寄り添うまるで寄り添うかのように地面に刺さっている。
「これは総司の、だな。もう一本は短いから名前のか?」
「はい・・・」
武士にとっての刀は何よりも大切なもので。それがここにあるってことは・・・悪い考えが私の頭をよぎる。そんな私を安心させるために土方さんらしくない嘘を吐く。
「総司のことだ。心配いらねぇ。戻るぞ」
くるりと土方さんは私に背中を向けて。その背中が震えているのに気付いた。あぁ、同じだ・・・近藤さんを失った時と、似ている。
「名前、沖田さん・・・そんな」
二人とも灰と化してしまった・・・?私達を守るために。私達を襲おうとしていた浪士達を止めるために。力を使い果たしてしまったの、か。
「・・・っ」
泣いちゃ駄目、泣いちゃ駄目。土方さんが絶えているのに私が大声で泣くわけにはいかない。私は瞳に溜まる涙を必死に抑える為に上を向いた。空は悔しい位の青空で。青と雲の白が作り出す模様がまるで隊服みたいに見える。名前の最期の顔を思い出す。それは初めて見るような笑顔で。とても綺麗に笑っていたのを覚えてる。沖田さんに土方さんを、新選組を託された。そんな私が会った二人の最期を思い出して我慢していたものが一気に溢れ出てしまった。