君が故 (171ページ)
悲しそうに立ち去っていく沖田さんを見ながら俺は一歩を踏み出せないでいた。早くここから立ち去らないと。沖田さんの後を追わないと。分かっているのに。耐えないといけないことは分かっているのに。
『・・・あ、ぁ、う』
「名前?どうしたの?」
苦しみだした俺を心配するように千鶴が覗き込んでくる。俺は大丈夫と声をかけようとするのだが声が上手く出せずに苦しむ。
「らせ、つ・・・?」
俺は苦しみを抑えきれずに羅刹化してしまった。彼女の目の前で。
「お、おい!どういうことだ!?」
さすがの土方も動揺を隠せずに千鶴に問う。だが千鶴も何も知らない。名前は未だに苦しんでおり、答えられるような状況じゃない。
血、血ガ欲シイ。
楽ニナリタイ。
吸血衝動とは裏腹に俺の心は血を拒否する。
いらない。血なんていらない。
『う、ぅ、ぁ・・・』
俺は堪らなくなって自らの喉を掻き毟る。
血、血、血、チ、ち?
『・・・・・・ハァ、ハァ、ハァ』
羅刹化はようやく解け、なんとか落ち着いた。そんな俺に矢次に質問が飛んでくる。
『・・・全て、話します』
俺は羅刹になったいきさきを話す。薫のことは伏せながら。さすがに千鶴の兄となのる薫に変若水を飲まされたなんて言えない。
「そっか・・・」
それでも悲しそうな顔をする千鶴。俺は千鶴にこんな顔をさせたかったわけじゃない。
『俺は大丈夫だから、ね?』
安心させるように俺は千鶴に言う。労咳が治っていないことは話していない。労咳が治ったなんて言っていないから嘘は言っていないはず。
『それより近藤さんは・・・』
この話を無理矢理切り上げさせる。これ以上心配させる必要なんてないと判断したから。土方は罰が悪そうな顔をした後、書物の途中だからと部屋を出て行った。その様子を千鶴は悲しそうに見つめていたが、少しずつ話し始めた。
「あの日、敵に方位されていると分かった日、土方さんが囮になると言ったの。だけど近藤さんは局長命令として自らが囮に成るから土方さんに先に行けと言ったの。どうして自分達だけが生き残ったのか、と苦しんでた。けれど土方さんは近藤さんからたくされた新選組だから命がけで守っていこうとしているんだと思う」
沖田の苦しみを知っている。土方の苦しみも知っている。二人の苦しみが分かるわけではないけれど理解してしまった。
『ありがとう千鶴。話してくれて。沖田さんを追いかけてくる』
言いづらかったよね、ごめんね千鶴。心から感謝を込めて俺は笑う。上手く笑えているのかは謎だけれど。