君が故 (154ページ)
「おはよ、名前ちゃん。って言っても、もう夕方だけどね」
目の前には見知ったはずの沖田が映る。だが服装は今までと違い、黒と黄色を基調とした色合いの洋服で。後ろで結っていた髪も切り、見た目の雰囲気は別人のようだった。
『沖田さん、どうなさったんですか?』
「変かな?」
『いえ、すごくお似合いかと』
「ありがと。土方さんの指示なんだ。敵が洋装だから僕らも洋装にしろって。名前ちゃんの分もあるよ」
照れ隠しのように沖田は自らの顔から名前の目線を綺麗に畳まれている服へと向けさせる。
『ならばこの長い髪も切った方がいいですよね』
洋装するのならば、西洋風にするのならば、長い髪は不必要だ。名前は刀を取るが、その手を沖田は制止した。
「待って。僕にやらせて」
名前から刀を受け取った沖田は、名前の後ろに回りこんだ。そして刀を髪に当てる。パサッ…という音を立てて、髪が畳へと落ちていった。
「・・・できたよ」
『ありがとうございます』
どれ位の長さになったのか手を通して確認してみる。腰まであった髪は確かに短くなっており、肩辺りで跳ねる程度となっていた。
『男にしては少し長くありませんか?』
「名前ちゃんは女の子なんだから。嫁に貰う時に結べなかったら困るでしょ?」
『俺を嫁に貰うような物好きなんて現れないと思いますが・・・』
名前は切った髪を名前は集め、大切に結った。今まで確かに身体の一部だったものだ。あくまで名前は女子。髪は命ともいえる代物のはず。それを簡単に切り落とした。何かしら思うところがあるのだろうと沖田は考えそのまま大人しく見ていた。のだが。
「ちょっと名前ちゃん!?」
『はい、何でしょう?』
名前はいきなり帯を解き始めた。着物はずれ、前も晒をしているがほとんど見える状態になっていた。
『一度着てみるだけですよ』
寸法直しをしなくてはならないかもしれない、そう考えた名前は一度試着しようと思ったのだ。
「いや、名前ちゃんがいいなら、いいけどさ・・・」
段々小さくなっていく声で沖田は呟いた。顔は確かに赤く染まっている。男の悲しい性とでも言うべきなのか視線だけは名前から離れずに。結局、沖田は名前の着替える様を全て見ていた。
『・・・どうでしょう?』
名前に土方が準備した洋装は黒を基調としたもので。白いシャツに黒いベスト、そして真っ黒なズボン。ところどころに赤い線の入ったジャケット。今までの袴姿同様、露出は最小限しかない。
「ん、似合ってる」
沖田の言葉に安心したようにふわりと名前は軽く微笑む。そして礼を言って、また着替え始めるので沖田は部屋から出ていった。そうして少し疲れた為に眠っていた名前の元へ土方と千鶴がやってきた。彼らはこれから甲府へ向かう。・・・どうなるのか分からないのだ。状況はかなり厳しい。
「まず身体を治せ。待ってるぞ」
土方さんは簡単に言ってくれる。これが不治の病だと知りながら。
『そうですね。今だけは千鶴を守るのを土方さんに譲っておくのでしっかり守ってあげてくださいね』
「・・・何だかお前、総司に似てきたな」
『褒め言葉として受け取っておきますよ』
今は体調が芳しくない。いつ咳き込んでもおかしくない状態だ。辛い。苦しい。でも我慢しないと。この人たちまで苦しめることになってしまうなんてごめんだ
『千鶴、ちゃんと土方さんの言うこと聞くんだよ?あまり無茶はしないようにね』
「うん・・・名前も安静にしてて。無理だけはしないようにね」
『分かった。無理はしないようにする。・・・っと帰る前に一つ。千鶴』
なに?と顔を近づけたら、耳元で囁かれた。
『洋装似合ってる。可愛い』
「・・・っ、ありがとう。名前も洋装に合わせて髪の毛切ったの?可愛い」
『うん、あまりにも長すぎる髪は変だから』
たった数刻の別れを惜しむ時。次は生きて会えるのか地獄で会えるのか。
『ばいばい、元気でね』
そういうのが精一杯だった。