力の代償 (113ページ)
大分回復してきた名前に土方は言い放った。
「お前、島原に潜入してくれないか」
『島原ですか?』
「あぁ。長州のやつらがいるっていう噂を聞いてな。だが場所が場所だから御用改めが難しいんだよ。それにお前、隊士たちに顔を覚えられてるだろ?伊藤についていったくせにと良く思わねぇ輩がいるからな。あまり屯所にいるわけにもいかねぇだろ。だから悪いが潜伏してきてほしいんだ。無茶や危ないことはしなくていい」
土方さんなりの配慮なのだろう。俺としてはほとんど完治しているし問題ない。斎藤さんだって誰かの護衛として遠くへ行ってる。俺だけ我侭を言うわけにはいかない。
『分かりました』
「すまねぇ。山崎と総司のやつを詰めさせとくから。何かあれば頼れ」
『御意』
そしてまた、島原に潜入することになった。
『・・・どうして千鶴がいるのかな?』
「私が土方さんに頼んだの。名前にだけに危険なことはさせられないからって」
『そう・・・』
「うん。迷惑、だった?」
『ううん。そんなことないよ』
綱道さんの話を聞いたからとも言っていた。本当はこのような危険なことを千鶴にして欲しくないが、仕方ない。俺と千鶴は新人として酌だけすることになった。
「お二人さん、よろしゅう頼んますぅ」
君菊の言った部屋の襖を二人は開く。中には近藤と永倉、原田、そして警護としてここに詰めているはずの沖田の姿があった。
『よろしゅう』
「よ、よろしくお願いします」
名前が挨拶したように千鶴もあわてて挨拶する。
「まぁまぁ、そんな畏まらんでくれ。休憩だと思って気楽にしてくれてかまわんよ」
「そうそう。名前ちゃん、早く顔上げてよ」
そう言われ二人は顔を上げた。普段はできない化粧をし、白粉をまぶした二人は綺麗で。一度は見たことがあるはずの新選組幹部達は不覚にも見惚れてしまっていた。
『みなはん?』
頬を染め、固まっている皆に名前は声をかけるのだが無反応だ。
「いやはや、見惚れてしまっていたよ。 こんな可愛い子達を閉じ込めてるだなんて心苦しい限りだ」
まるでぼんっと効果音が付いたかのように千鶴は顔を真っ赤に染め上げた。余り表情の変化の無い名前でさえ少し照れたように頬を手で隠している。
「ふ〜ん、ま、綺麗なんじゃない?」
沖田は照れ隠しのように呟き、他の皆も感想を言い始め千鶴は恥ずかしそうにしている。
『お上手どすなぁ。沖田はんは』
「えー酷いなぁ。本心なのに。っていうかさ、どうして花魁言葉なのさ?」
『一時おったんどすぇ』
そう。名前は昔、一時だが島原にいたことがあるのだ。そのときに覚えた花魁言葉を発していたのだった。
「確かに違和感ないけどさ」
ぶつぶつと沖田は面倒なことになり始めた。このまま放置はまずいと思った名前は千鶴に断りを入れて沖田につく。
『沖田はん、よろしゅう』
「うん、よろしくね名前ちゃん」
まっすぐに自分のところにきた名前にご機嫌な様子で答える。顔も何もたくらんでいない笑顔で本当に嬉しそうな様子だ。
『・・・土方はんに怒られへんやろうか?』
「大丈夫だよ。どうせばれないって」
『そないならええどすけど』
これってどうなのか・・・隊務をさぼっているのでは?と言いたかったのだが名前は今は芸子。そんなこと言う資格などないのだ。咳もしてなさそうだし、機嫌よさそうだし。まぁいいのかな。近藤さんもいることだし問題ないだろうと判断した名前は沖田に酌し始めた。