第四衝突 【79ページ】

夏休みも終わり、本当の意味でいつもの日常が戻ってきた。



「お帰り」



そう言って迎えてくれたのはエプロン姿の絵麻。今日はプールの調整とか何かで部活がすぐ終わっちゃったんだ。おかげで明るい、絵麻がまだ夕食作っているような時間に帰ることができた。



「今日は昴さんの誕生日会らしいよ」

『あれ、昴兄さんは誕生日会するんだ』



要兄さんの時にはなかったのにな。そういえば朝日奈風斗のときも。まぁ彼は忙しくて家にさえいなかったけど。



「今年昴さんは二十歳になるから特別にするみたいだよ」



右京さんは仕事が忙しいらしく、絵麻が一人でテキパキと動き回っている。何か私にできることないかな。



『絵麻、何か手伝うよ』

「じゃあ悪いんだけど買出し頼める?ケーキ作る材料を買ってきて欲しいな」

『りょーかい』



多少は料理できるというものの、それは賄い料理でまるで人の祝いの日に出すようなものじゃない。スイーツなら得意なんだけど。唯一、女の子らしいといえるところかもしれない。甘党でチョコレートが大好きな所も。

単にケーキの材料と言えども、家にいるキョーダイたちに十分な大きさを配れるくらいのケーキを作ろうと思えば相当な量になる。



『結構な重さになっちゃった。良かった。絵麻に行かせちゃう前に気付いて』



こんな重いもの絵麻に持たせるわけにはいかないし。卵、割らないように気をつけながら家に帰ればいつぞやみたいに二階のリビングで倒れている琉生兄さんを見つけた。



『琉生兄さん、大丈夫ですか?』



あの時同様近寄ってみればどうやら眠っているだけのようだった。



「あだ名ちゃん。ソファーで、寝る、つもりだった、んだけど、もたなかった」



何だか琉生兄さんらしいけどさ。せめて近くにあるソファーまでいこうよ。また眠るのだと思っていた彼だけれど起きてきて私の髪をいじる。



「髪、アレンジ、変えても、いい?今日、昴君の、誕生日。可愛く、してあげたくて」

『絵麻は?』

「ちぃちゃん、もう、セット、した。後は、あだ名ちゃん、だけ…」

『じゃあお願いします。琉生兄さん』



絵麻のセットした髪も後で見にいかないとな。絶対可愛いだろうし。

琉生兄さんは本当に髪をいじるときは活き活きする。ぼーっとしているのにどうして手だけはこんなに素早く動かせるんだろうな。彼の髪いじりは何だか気持ちが落ち着く。手が優しいからか。



「できたよ」



鏡を見てみれば、編み込まれている髪の毛。前髪も綺麗にセットされている。



「これで、いい?」

『ありがとう琉生兄さん』

「うん。ネイルも、しても、いい?」

『琉生兄さんに任せます』



自分じゃそんなことできないし。絵麻は休日時々してるみたいだけど。水泳するのにネイルは駄目だから私は全くだ。



「…あ。ちょっと、待ってて。部屋に、とってくる、物が、あるから」

『はーい』



そうして琉生兄さんを大人しく待っていると、朝日奈風斗が上から顔をのぞかせる。



「あれ、琉生兄は?」

『部屋に戻った』

「何だよもー。店に聞いたら家だって言ってたのに」

『用があったの?』

「何で部外者のあんたに教えないといけないの?」



うわぁ。やっぱり腹立たしい。確かに部外者かもしれないけれど、キョーダイとなったのだからもう少しくらい砕けてくれてもいいんじゃないかって思う。



「それにしてもさ姉さん。いつまで僕のこと朝日奈風斗って呼ぶつもり?姉さんも朝日奈でしょ」



呟くように言われた言葉に私は呆然とする。私にとって朝日奈風斗は朝日奈風斗だし、それ以上でもそれ以下でもない存在だったから。



『…じゃあ、風斗』



君を付けるか付けまいか悩んだ。でも君って感じじゃないしこっちの方がしっくりきたんだ。



「生意気。……でもまぁいっか。もう一人の姉さんと区別がつくし」



やっぱり絵麻は君付けで呼んだのだろう。私は絶対に風斗君なんて呼んでやらないけど。そのうちに私をじっと見つめる視線に気がついた。



『どうかした?』

「髪型変えたんだね。ごめん、姉さんがそんな美しい人だって気づかなくて」



この子は一体何を言い出すのか。テレビで観る今では偽者だと知ってしまった笑顔を向けてくる風斗に違和感を感じる。



「姉さん、今だけ忘れてもいい?僕と姉さんがキョーダイだっていうこと」



彼は階段を下りてきて、段々近づいてくる。



『風斗?何かあったの?』



風斗は切なそうな顔をしてる。でもその表情には悲しみがあって。テレビのその奥。私達視聴者には分からない何かがあったんじゃないかって思った。



「…何もないよ。見てない様で意外と人のこと見てるんだね。じゃあね、綺麗なお・ね・え・さ・ん」



うん、あの子やっぱり私のこと馬鹿にしてるでしょ。そんな捨て台詞(?)を吐きながら風斗は去って行った。
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