第三衝突 【72ページ】

夜になり、もう寝ないといけないのは分かるんだけど、中々寝付けずに、私はペンションを出て砂浜を歩いていた。



『はぁー…』



風が気持ちいい。サンダルを脱いで海の中へと入れば昼時とは違う冷たさに驚く。



『ひゃっ、冷たい』



でもその冷たさがいい感じ。しばらくその黒い海を眺めていた。



「あれ、名前ちゃん。眠れないの?」

『要兄さん。うん、ちょっと…』



いきなり声をかけられて振り返ってみると要兄さんがいて驚いた。それを表情に出さないように注意しながら視線だけは海の向こうに向ける。



「おにーさんがありがたい説法聞かせてあげようか?」

『結構です』

「つれないなー、もー」



なんて冗談めいたことを言う要兄さん。何も言わずに彼は私の立っている隣にきた。



『要兄さん、濡れるよ?』

「いいのいいの。足くらい拭けばいいんだから」

『そう…』



ザザーと波の音だけが響く空間。この暗さと、この音。それが何だか心を落ち着かせてくれて。



「名前ちゃん、もっと俺らに甘えていいんだよ?」

『私、これでも結構、甘えているつもりなんですけど』



甘え方がヘタだなんていわれたって仕方ない。今まで誰にも甘えずに育ったんだから。上手な甘え方なんて知らないし。そもそも甘えるってどうすればいいのか分からないっていうのが本音だ。



「んー、そっか。妹ちゃんは甘え下手なんだね」



…この人のこういう所が苦手だ。この観察力が苦手。人のことを見透かしているかのような瞳が私の逃げ場を無くさせる。



『要兄さん、観察力と洞察力すごすぎ』

「ほめ言葉として受け取っておくよ。…あまりいると風邪引いちゃうよ?ペンションに戻ろう?」



私の返事なんて聞かずに要兄さんは私の手を引いてペンションまで戻った。



「じゃあね、おやすみ」

『おやすみなさい』



部屋まで送ってくれるあたり優しいんだよな。ただの監視かもしれないけど。家族に甘えるって結構してるつもりだったんだけどなぁ。やっぱり強がっちゃってたのかもしれない。ずっと小さい頃から甘えることをしなかった私は甘え方を知らない。
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