第六衝突 【200ページ】

「椿、お前寝ろ。酷い顔してるぞ」

「うっさい。黙ってろ棗」



それから椿は。何とか仕事をこなすものの、今までの明るさなど全くない。まるで別人かのような姿になっていた。ずっと名前の隣にいる椿。梓や棗、右京や雅臣がいくら説得しても無意味だった。一睡もせずに彼女の目が覚めるのを待っている。



「棗もちゃんと眠りなよ?連絡してあげるから」

「あぁ、分かってる」



雅臣は診察の合間など、空き時間を利用して名前のところへ訪れるようになっていた。今までは子供たちと遊んでいた時間だが、それどころではないのが現状だ。



「椿もだからね?」

「………」



椿は何も答えない。ただただ名前の手を祈るように握り締めるだけ。椿は何も知らない。彼女の身にあったこと全てを。そんな日が続いた2日後。名前は目を覚ました。



『…ん』



ここは、どこ?見覚えのない天井。見覚えのないベッド。見覚えのない空間。たまたま彼女が目覚めた時、誰もおらず、一番に気付いたのは同じ病院にいる雅臣だった。



「名前ちゃん!気付いたんだね。どう?痛いところはない?」



名前の手を取って、安堵を喜ぶように話しかける。だがそんな雅臣の手を振り払う名前。



「え?あぁ、ごめん。いきなりで驚いちゃったよね。まだちょっと落ち着いてないのかな。僕、椿たちに連絡してくるよ」



雅臣は医者だ。普段診ているのが子供だとは言え、大きな病院に勤めている以上、色々な患者を診て来ている。だから、今回のことも変に慣れてしまっていた。電話をくれたあの医者から聞いていたはずなのに―――



それからすぐに名前は無事退院した。目ぼしい怪我が治ったのだ。残ったものと言えば微かな傷跡と精神的恐怖。だがそれを誰も知らない。まだ名前自身でさえ自覚していないレベルなのだから。

家に帰ってからそれは発症した。彼女がリビングに来たと同時に抱きついてきた椿。普段から見慣れた光景。だったはずなのだけれど。



『やっ…!!』



椿の胸から強制的に抜け出す名前。それも思い切り椿を押しのけて。



「名前ー?どうしたんだよ。いつもならぎゅーってさせてくれるじゃん」



その言葉にはっとするかのように名前は肩を揺らして。ごめん、とだけ告げて部屋に逃げてしまった。



「何だぁ?名前のやつ」

「久しぶりだから照れたんじゃないのか?」

「それにしては…うん、また後で様子を見に行こうか。驚いただけかもしれないしね」



何が起こったのか未だによく理解できていない椿。物事をきちんと捉え切れていない棗。そして何かを考察する梓。三人だけがリビングに残った。
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