第五衝突 【178ページ】
ふと、何の気なしにカレンダーを見てみると今日は2月13日。女の子の一大事、バレンタインデーが明日に迫っていた。
『…よし』
うじうじ悩むのは私らしくない。私の気持ちを兄弟達に話そう。受け入れてくれるかどうかなんて分からないけれど。このままでいていいはずが無い。
行動は速かった。何を作るかをすぐに決めて、さっさと買い物に出かけて、チョコを作り始めた。共用の台所ではさすがに作れないので和馬に場所を提供してもらった。場所代としてチョコを上げておいたし、ギブアンドテイクってやつ?お互いに利点があるからいいのだろう。
『ありがとね、和馬』
「いや、俺、名前の作る菓子好きだし。場所貸すだけで結構食えてラッキーだと思ってる。ってか今まではどうしてたんだ?」
『去年は学校の家庭科室の利用許可を貰った。1年の時は絵麻と一緒に作ったはず』
決意してから速かったとは言えどもう外は真っ暗。暗いから、と和馬が家まで送ってくれることになり、一緒に帰り道につく。面倒なことにならないように祈りながら私は家まで慎重に急ぎ気味に帰った。
『和馬。ありがとー。またね』
「おう、また学校でな」
エントランスまで結局送ってもらい、私は和馬と別れる。さて、帰ろうと鍵を出したところで誰かに声をかけられた。
「姉さん」
私のことを姉さんと呼ぶのは一人しかいない。そもそも弟妹が少ないのだけれど。朝日奈家の兄率が高いのだ。
「ねぇ、あれ誰?」
『友達』
「ふーん」
僕には関係ないね、なんて言うけれど絶対に気にしてる。表情とか声色がいつもと違うもん。そう思うと結構可愛らしい弟なのかもしれない。だとしても。私は彼に残酷であろう言葉を口にする。
『…風斗、話があるのだけど』
きっと彼が今日家に帰ってきたのは明日に仕事が詰まっているからだろう。だから本当は明日に言うつもりだったのだけれど、風斗にだけは今話しておかないと駄目だと思った。後回しにしていいことなんて何一つ無い。
「ねぇここじゃ面倒だし、僕の部屋ででも話そうよ」
『人目があるもんね。分かった』
風斗はアイドルだ。私みたいな一般人とは勝手が違うだろう。それに私にとってもあまり人には聞かれたくない話をするわけだし。私は前を歩く風斗の後ろを大人しくついていった。
「で、何話って。僕疲れてるんだけど」
そんなことを言いながらちゃんと聞く体勢でいる風斗。素直じゃないなぁ、なんて思いながらチョコを一つ取り出す。皆と一緒の、家族へ渡すチョコレートを。
『はい。チョコ。明日バレンタインだから。可愛い生意気な弟へ優しいお姉様から』
「何それ。それに僕、チョコなんて腐るほど貰ってるんだけど」
『はいはい』
悪口を叩きながらもチョコを受け取っている風斗。取り返してみようか、なんてしてみたけれど彼の手に力を込められてしまって無理だった。部屋が静まり返ったのを見計らって私は本題へと入った。
『………それから、風斗、ごめんなさい』
「…何のこと」
『分かってるでしょ。私はあなたの気持ちには応えられない』
それだけ言って風斗の部屋を去ろうと思った。けれどそれは許されず、腕をぐっと引っ張られてベッドに転がりこんでしまう。
「覚えといてよ。好きなら奪う。僕は絶対諦めたりしないから。姉さんがたとえ馬鹿兄貴達を選んだとしても―――覚悟しておいてよね」
馬乗りになられているこの状況で。危ないとは分かっているけれど、なぜだか安心していた。風斗は無理矢理などしないと。
『分かったよ。ごめんね風斗』
「何回も謝らないでくれる?腹立たしいんだけど」
はぁ、と彼は重い溜め息を吐いて私の上から退く。そして私はそのまま振り返ることなく自室へと走った。
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