第五衝突 【172ページ】
ふふーん♪鼻歌を歌いながら今夜の夕食を作る。椿兄さんと梓兄さんと一緒に来てから一方的に感じていた気まずさはなくなり、最初の頃のように過ごしていた。棗兄さんの家に通うのもあと数日だ。そう思うと少し寂しい気もする。そんなことを考えながら棗兄さんを待っていたとき。いいタイミングで彼が帰ってきた。…ん?けど、なんでインターフォン?自分の家なのだからそんなもの彼は鳴らさずに鍵を使って入ってくる。忘れでもしたのだろうか。ドアの前まで行き、鍵を開けようと手を伸ばした瞬間、鍵穴が回ってドアが開く。
『おかえりなさい、棗兄さ―――』
そこで私は固まった。棗兄さんではない人が目の前に現れて、私を抱きしめたのだから。そりゃ誰だって驚くだろう。
「可愛い!ちょー可愛い!!羨ましいぞ、朝日奈!!」
『え、ちょっと、あの…!』
「おい、抱きつくな風祭」
べりべりと棗兄さんが抱きついている人を引き剥がしてくれたおかげでやっと顔を確認することができた。
「あ、ごめんね?朝日奈が可愛い妹が飯作って待ってるっていうからさ!俺も会ってみたくて!俺、朝日奈と一緒に働いてる風祭!よろしく!」
『朝日奈名前です。よろしく、お願いします』
テンションと会話のテンポの速さに圧倒されながら差し出された手を握って握手する。あぁ、この人、椿兄さんに似てるんだ。一方的なマシンガントークも。ハイテンションなところも。スキンシップが激しいところも。とりあえず立ち話もなんだということで部屋に入って行った。
『風祭さん、晩御飯食べるんですね?今準備するので暫く待っていてください』
私と棗兄さん、2人分の料理は完成していた。けれども思わぬ訪問者の分などあるはずが無い。残った材料を集めて、テキパキと手を動かしていく。料理が出来たのは数十分後だった。
「お〜、うまそう!」
『お口に合うといいのですが』
「大丈夫だってー!こんな可愛い子が作ってくれた料理なんだから!!」
「ちゃんとうまいよ、お前の飯は」
『ありがとうございます』
夕食時、私に気を遣ってくれたのか、基本的には発売されているゲームの話で。風祭さんが面白おかしく話すものだからつい長いしてしまった。
『あ、もうこんな時間。じゃあ棗兄さん、私そろそろ帰るね』
「じゃー俺もっと。名前ちゃん、駅まで送るよ」
『申し訳ないですよ』
「いいからいいから。じゃあな朝日奈」
「あぁ。名前、気をつけて帰れよ」
『はーい』
風祭さんとは馬が合って。いろいろなことを話しながら駅へと向かっていた。
『あははっ、そんなことがあったんですかー?』
「ほんとほんと!朝日奈マジうけるーって感じでさ!」
2人して笑っていた。けれど、一瞬静寂に包まれて。彼は真剣な表情で私に見つめてきた。
「…なぁ名前ちゃんは朝日奈のことどう思ってるわけ?」
『へ?』
「朝日奈からは好意が駄々漏れだったし。名前ちゃんはどうなのかな〜って」
すごい。あの短時間でここまで見抜けちゃうんだ。観察力ある人なんだな、なんて他人事のように思う。まぁ隠さないといけないことでもないし、少しくらいなら相談してみてもいいかな。
『好きです。でもそれは兄としてで、一人の男としてじゃない…。私は家族になりたいんです。棗兄さんの気持ちは嬉しいけれど困ります』
「そっかそっかー。名前ちゃんには他に好きな人がいるんだね」
『はっ!?そ、そんなことは!』
「えー、でもそんな風に俺には聞こえたけど。自覚してないのかな?自分のこともっと考えてみてもいいんじゃない?」
彼は言いたいことだけ言って、もう駅の目の前だからと笑顔で去っていってしまった。
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