第五衝突 【170ページ】
それから週に3回程度、棗兄さんの家に通った。おかげで棗兄さんの家でする掃除も洗濯も料理も大分慣れてきた。夕食を終えて、私はゲームを、棗兄さんは仕事をしていた。
『もう。つばきもあずさもくすぐったいよ』
もうこの猫達ともすっかり仲良しだ。猫特有のざらざらした舌で手を舐める姿は可愛らしい。
『ほら、おいで』
胡坐をかいてその間に二匹を入れてやり、私の視線はまたテレビへと移る。後ちょっと。後もう少し。ゴール手前でやられてしまう。
『あぁん!!もう!!』
ゲームの腕には自信あるのになぁ。私はコントローラーを放り出していた。
「名前、それより時間いいのか?」
『えっ、あああああ!!』
今から走れば終電になんとか間に合うだろうか。そのような時刻を無残にも時計の針は指していた。
『………棗兄さん、今日泊まってってもいいかな?』
今から家に帰るくらいならここに泊めてもらおう。
「…ったく、仕方ないな。仕事ばかりしてた俺も悪いしな」
『やったー★ありがとう棗兄さん』
「おう」
『じゃあ今夜は徹夜でゲームね!』
「仕方ない。付き合ってやるよ」
一瞬、棗兄さんが固まったような気がしたけれど、気にしない気にしない。
瞼の裏が明るくなって私は目を覚ました。あれ、ここは?…そうか、昨日棗兄さんのところに泊まって。ゲームしながら眠ってしまったんだ。テレビにはGAME OVERと映っている。服が無かった私は棗兄さんのTシャツを着ていたため、とりあえず着替えようと脱衣所の方へ向かう。昨日着ていた服を持って。
『あ、起きた?おはよう。今から朝御飯作るね』
丁度着替えから戻れば棗兄さんも目を覚ましたようで。急いで朝食を作りにかかる。といっても昨日の時点で大体できてたんだけど。どうせならもう少し凝ったものがいいじゃない?
「…あいつら、いつもこんな豪華な朝食食ってるのか?」
『うーん。いつもはもっとすごいかな。たまに私が手伝っててこんな感じ。絵麻が手伝いに入ってるときはもっとすごいよ』
今日は土曜日。特に私には予定はなかったのだけれど、棗兄さんは仕事に行くらしく、私もそれに合わせて家に帰った。リビングに顔を出してみたけれど、誰もおらず、私は自室へ戻ることにした。そして見つけた私の部屋の前にいる人影。
『ただいま。椿兄さん』
彼がドアにもたれ掛かっているため、退いてくれないと入ることができない。だから必然的に声をかけることとなったのだけれど。私の腕は掴まれて、引っ張られる。椿兄さんとドアに挟まれて所謂壁ドン状態。…デジャヴ。
「棗のとこなんかに泊まって何してたの?って一つしかないよな。男女が一晩ですることって言えば」
鋭い声で、耳元で囁かれる。…勘違いしてない?
『椿兄さん。私と棗兄さんとの間に何もなかったよ。ただゲームしてただけ。それだけだよ』
「じゃあなんだよ、これ」
『え?』
鎖骨辺りを指でなぞられる。丁度自分では見えない位置だ。
『んっ』
触られたかと思えば、顔を寄せられてソコに吸い付かれる。それもきつくきつく。痛いと思うほどに。
「棗になんか渡さない。絶対に」
『…待って椿兄さん!!』
満足したのかそのまま私の横を通り過ぎようとする彼を呼び止めたのは無意識だった。けれどどうしてか彼にだけは勘違いされたくなかったのだ。
『本当に何もしてないから…勘違いしないで』
私の声なんて聞こえてないかのように彼は歩き去ってしまった。
椿兄さんの反応からして、きっと棗兄さんに付けられたのだろう。今はもう、後からつけた彼の跡しか確認できないけれど。それでも私は棗兄さんの前で挙動不審になっていたらしい。棗兄さんに言われて気がついた。
『え、そう?』
「あぁ。その証拠に今日は目が合ってもすぐに逸らされる」
う…と黙り込む。けれど、それはフェアじゃない、よね。どうせこのままでも困るのは私だし。
『あのさ、前、泊まった時に棗兄さん私に何かした?』
あくまで質問口調で彼の返事を待つ。反応からして何かしたみたいだけれど。
「…悪い。寝てるお前に印をつけた」
『やっぱり』
「気付いてたのか?」
『家に帰ってからね。それもキョーダイに指摘されて始めて気付いた』
わざと椿という言葉は出さなかった。何だか面倒事になる気がして。
「…俺は、名前のことが好きだ」
その言葉は聞きたくなかった。なぜなら今一番、本当の兄と思っている人物が棗兄さんだったから。以前は梓兄さんだったのだけれど、彼に告白されてしまって関係は崩れてしまった。棗兄さんも兄と見させてもらえないのか。
『棗兄さん。私は、んっ…』
言葉は遮られた。棗兄さんによって。
「兄としてでなく一人の男としてお前に見てほしい」
ずるい。ずるいずるい。ずるすぎるよ棗兄さん。
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