第五衝突 【151ページ】
『あぁ、美しい姫。我が身にかえようともお助けに参ります』
「あっれー名前、何してんの〜?」
『椿兄さん。お帰りなさい。文化祭で演劇やるんだ。その練習。…あ、椿兄さん指導してくれない?』
リビングで台詞を読んでいたとき、椿兄さんが帰ってきた。声で演技するという仕事に就いている彼に教えてもらえればいい演技ができるんじゃないかと思った末の判断だ。
「もっちろんオッケー★ あ、でもさ、先に夕食にしていー?腹減っちゃったんだよね」
『はーい、準備しまーす』
練習に付き合ってくれるならそれくらい簡単なことだ。台所へと移動し、絵麻が作ったカレーを温め直してご飯をよそって椿兄さんの元へと運んだ。勢いよく食べるその姿に本当にお腹がすいていたのだろうと察せられた。
『椿兄さん、おかわりいる?』
「うん、おねがーい★」
はいはい、とまたルーとご飯をよそう。それにしてもよく食べるなぁ。まぁ美味しいのはわかるけどね。絵麻が作ったものが美味しくないわけないもん。椿兄さんが食べ終わり、お皿も洗い終えて、演技指導が始まった。
「先にちょっと台本読ませてね〜。頭の中にだいたい叩き込むから」
『はい。どうぞ』
差し出したのはクラスの方の台本。部活の方と結構似ていてややこしいんだよね。
「あれ、こっちは?」
『これは部活の方のやつ。とりあえずクラスの方からお願いしたいんだけど。駄目?』
「そういうことならりょーかーい★」
パラパラと飛ばし読みしていく椿兄さん。そんな速さでちゃんと読んでいるのかとも思うけれど、職業柄慣れているのか、内容は大体分かったようだ。
「なるほどねー、結構おもしろそうじゃん」
『でしょ?演劇部の子が書いてくれたんだ』
眠りの姫を題材としているのだけれど、王子視点で話が展開していくし、かなりおもしろく変えられている。
「にしても何で名前がお姫様じゃねーの?」
『むしろ私にお姫様役やれってほうが驚きなんだけど』
「こんなにかーいーのに?」
『可愛いのは絵麻でしょう?』
「…無自覚かよー」
無駄話もそこそこに今度こそ本格的に演技指導が始まった。椿兄さんは演技のことになると人が変わったみたいに厳しくなって。
「ここはもっと強弱つけるべきでしょ」
「動きを止めない!」
「表情が固い!!」
相手がいないとやりづらいところは椿兄さんが相手役になってくれたりしたのだけれど。さすが声優。男の人なのにまるで女の人のような声まで出せるだなんて。ただちょっと笑いそうになったけど。
「ん、今日はもうこんなもんでいい?」
『ありがとう椿兄さん。明日も頼める?』
「空いてる時間でよければいつでも喜んでやっちゃう★」
『あははっ、ありがとう』
そうして椿兄さんとの演技レッスンの日々が始まった。
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