君はついに僕のことも分からないと答えた

その日はなぜか朝餉の時から胸騒ぎがしていた。いつも通りの朝のはずなのに。胸騒ぎの理由に気付かぬまま僕は今日は何をしようかと考える。非番だからゆっくりしたい。そうだ。最近できた甘味屋に名前ちゃんを連れて行こうか。そうと決めれば名前ちゃんの部屋に直行。今日は千鶴ちゃんの巡察同行はないはずだし部屋でおとなしくしているだろう。

いつも通り気配を消して、彼女の部屋に何も言わずに入って名前ちゃんに近づいただけだ。それなのに。どうして君はそんなに警戒しているの。



「名前ちゃん?」



どうしてそんな怯えた表情で僕を見ているの。どうしてそんなに震えているの。ねぇ、どうして朝餉の時、何も口付けていなかったの。



『何か御用でしょうか・・・ご主人様』
「え・・・?」



最初、何を言われているのかわからなかった。いや、理解したくなかっただけかもしれない。僕をご主人様と呼んだのは始めの一回だけ。その呼び方はやめてって僕が言ってからは沖田様。様付けされるほどじゃないよと言って沖田さんになった。

これは様子がおかしいと他の幹部を呼び込んだ。結局、彼女がわかると言ったのは千鶴ちゃんだけだ。他の人は知らない、と。僕はそれを聞いて納得した。朝餉を食べなかったのは主人と一緒に同じ食事など食べられないということだったのだろう。幹部に囲まれている名前ちゃんの姿は千鶴ちゃんと共に縛り上げられていた時を思い出す。あの時はこの子が僕のお気に入りの玩具になるなんて思ってもいなかった。・・・女の子だなんて思いもしなかった。



「………なんでこんな状態になったのか分からねぇのか」



土方さんのその問に誰も答えられず静まり返った空間で、おずおずと手を挙げる人物。名前ちゃんだ。



『全て、ではありませんが今の私に言えることは答えます』



彼女の言い分はこうだった。自分は鬼であるが、純粋な鬼ではない。鬼としての力を持っているがそれには代償が必要で。鬼の力を使って誰かを治療したのだろう。そしてその代償として大切な記憶を失ってしまった。僕たちと過ごした日々の記憶はないらしい。彼女の中では僕たちは初対面。千鶴ちゃんと江戸を離れて京に来たことを覚えていることから踏まえて彼女たちが羅刹に会う前と考えればよいだろう。



「誰かの治療って…」



誰かの治療なんて僕しかないじゃないか。誰かの呟きが僕をせめているように感じる。

やっぱり僕の病気はあの有名な死病で。体調が優れなかった時、新選組の剣として戦い続けたいと名前ちゃんに零した気がする。彼女はそれを叶えてくれたのだ。自らの記憶を引き換えにして。

確かに僕は近藤さんのためにもう一度刀を持つことを願った。けれどそれは。君を犠牲にしてじゃないんだよ。君を守りたいから刀を持ちたかったんだ。力を持ってしまったがために血塗れになってしまった名前ちゃんを普通の女の子に戻してあげたかっただけなのに。どうしてこう上手くいかないのだろう。



「…初めまして名前ちゃん。僕は沖田総司。君は僕の小姓だよ」




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