君は僕に嘘をついたのに僕は気付かなかった

まるで桜の花びらかのように雪が舞っていた師走の夜。その日、僕たち新選組幹部の一部は逃走した羅刹を探していた。

運の悪い浪士が羅刹に殺さる所を遠くから見つけた僕は彼らの元へ走って行った。丁度そんな僕と正面になるように走ってくる斎藤君の姿が見えた。視線だけで合図を送り自分たちの狙いを羅刹に定める。僕は右、斎藤君は左の敵。早く終わった方が真ん中の奴を。それなのに真ん中の羅刹は僕たちじゃない人物が倒した。短刀を両手に持って、見たこともない構えで、心臓を一突きにしたその子。少し遅れてきた土方さんが両刀使いの子の仲間を脅して、彼の意識が逸れた隙に僕は手刀を浴びせて気絶させた。



「どうします?この子たち見ちゃいましたよ」

「…とりあえず屯所に運んどけ。こいつはともかく、こっちの奴は見ちまったか分からねぇしな」

「御意」
「はいはい、分かりましたよ」



まぁこんな感じで土方さんの善意でこの子たちは生かしておくことになったわけ。僕は面倒だから殺しちゃえばいいのにって思ったけどね。翌日に近藤さんがこの子たちのことを気に入っちゃって。特に黙っていたら、見ていないで済ませれた千鶴ちゃん。わざわざ江戸から京までやってきたことに近藤さんは胸を打たれた様子だった。本当優しいよね。もう一人の、両刀使いの子もとりあえず新選組に害を成す存在ではないと判断されて僕たちに監視される日々を過ごすことになった。

面倒な監視をしている中で一つの収穫があった。それは名前君が男じゃないということだ。千鶴ちゃんはあれで男に見られてると思っているのだろうけれど、すぐ見破られる程度の変装だ。だが名前君は本当に男だと思っていた。細いけれど身長は平助より少し高いくらいだし。それにあの刀裁き。とても女の子だとは思えなかった。あの細い身体に隠された豊満な胸を見るまでは。玩具の秘密を知ったようで面白かった。これで遊べるじゃないかと。でも彼、いや彼女は僕にばれてから少しした日には皆の前で性別をばらした。彼女の過去と共に。彼女の過去は壮絶で誰も声が出なかった。だって分かってしまったんだ。彼女が笑わない理由も彼女が刀を握る理由も。そんなことにならなければ、どこにでもいるような町娘になれたはずなのに。

そしてその数日後。名前ちゃんと新選組幹部と共に行動するという条件付きで千鶴ちゃんが京の町を歩けるようになった頃。大きな事件が起きる。そう、僕たちが有名になるきっかけとなった池田屋事件。そこで僕らは天敵とも呼べる鬼と出会う。二階で風間と対峙していたら突然名前ちゃんがやって来たときは焦った。どうして彼女が、と。屯所で待機していたはずだ。同じく屯所で待機している山南さんが伝達用に彼女たちを走らせたのかなんて思いもしたけれど、深く考察している時間なんてなかった。剣術では絶対に僕のほうが上なのに、どうしても力で勝てない相手がそこにいる。胸を蹴られて咽る僕を庇うようにして僕の前に出た君は刀を抜いて戦闘態勢に入っていた。僕で勝てない相手に勝てるはずもないのに。ねぇなんで君は僕の前にいるの。君は僕に守られていればいいんだよ。気が付いたら風間は消えていた。彼が消える前に名前ちゃんと何か話していたような気がしたけれど意識が途絶えてしまって覚えてはいなかった。



「……あれ」



異変に気付いたのは意識が戻ってからだ。体の傷がほとんど治っている。悔しながらも僕が風間につけられた傷はそんな浅いものではなかったはずなのに。それほど僕が眠ってしまっていたのか?そう考えて僕が寝ていたのは何日かと聞いてみたけれど、やっぱりおかしい。どう考えても怪我の治りが早すぎる。でも誰が他人の傷を治すことができるというのか。そんな可笑しな力を持っている可能性があるとしたら名前ちゃんくらいか。彼女は自らを鬼と名乗っていた。鬼、その力で傷を治すことができるとか。…まさかね。仮にその力で治せたとしても彼女には何の得もない。名前ちゃんの大切な千鶴ちゃんを閉じ込めているのは僕たちだ。そんな僕たちを助けるような行為彼女がするはずがない、そう結論付けて、傷は実は浅かったが血管の近くだったために血がたくさん出たのだと結論付けた。無知こそが罪だったのに。



「けほ、こほっ…」

『沖田さん、大丈夫ですか』

「うん、ちょっと咽ただけだから」



最近乾いた咳を時々するようになった。大したものではないのだけれど、いつも喉の痛みを伴う。誰にも見られないようにしていたのに彼女に見られたのは僕の失敗だ。ま、この子なら言いふらすなんてことはないだろうけれど。念のために口止めをしておく。すると無表情ではい、という機械的な返事が来た。彼女はいつもこんな感じだ。風間千景と対峙したときは少し感情を見せたように思ったけど。基本無表情で必要なこと以外は何も言わない。

口止めの意味がなくしたように土方さんにも僕の咳がばれた。近藤さんにもばらしちゃうし。おかげで皆が出て行った屯所で僕と大阪で怪我をした山南さん、それから嘘を吐いて残った平助、家事全般を僕の世話をするために残った名前ちゃんの四人きり。山南さんはほとんど部屋から出てこないから実質三人だけみたいなものだ。いつも騒がしい夕餉なのに静寂が包む。今日も今日とて千鶴ちゃんの味だ。名前ちゃんが作る料理はすべて千鶴ちゃんから仕込まれたもの。そのまま一寸の狂いもなく作るから、僕たちは千鶴ちゃんが作ったのか名前ちゃんが作ったのか分からないんだ。そこはどうでもいい。千鶴ちゃんの味付けは僕たち江戸っ子に合っているから。



「名前ちゃん、片付け御苦労様。ほらご褒美だよ」



一粒摘まんで彼女の口を軽く開かせて、その中に入れる。味わうように彼女は食べるけれどこれは何か、どんな味かわかっているのだろうか。



「名前ちゃん美味しい?」

『…よく分かりません。あ、溶けてしまいました』

「そっか。それは”甘い”って言うんだよ。これは金平糖。僕、これ好きなんだ」



少し開いた口にもう一粒摘まんで入れてやる。彼女は少し眉を潜めて、これが甘い…と呟いた。甘いと言いながら顔をしかめる彼女が面白くてまた一粒また一粒と彼女の中に金平糖を入れていく。そうして名前ちゃんで少し遊んでいると平助がやって来た。平助は体調が悪いなんて言っていたけれど多分近藤さん以外の幹部が気付いている。彼は嘘を吐いているのだと。それを土方さんが見逃したから僕も深くは突っ込まないことにしたけれど。僕と名前ちゃんの邪魔をするのは頂けないな。



「どうしたの平助。体調が悪いなら寝てないと駄目じゃない」



こう言えば、嘘をついたことを今思い出したかのように慌てる平助。名前ちゃんも気付いているのだろうけれど、周りが何も言わないから黙っているのだろうな。時々空気を読まずに爆弾発言を落とすことがあるこの子だけど、基本は何も言わない無口な子だから。



「あーあ。せっかく二人きりだったのに邪魔されちゃっ…ごほっ、げほ、こほ」

『大丈夫、ですか』



あぁまずい。僕は咳をとめられなくなってきている。それほどまで今回の風邪は酷いのか。いや、違う。最近では何かだるいし、夕方頃になると必ず微熱が出ている。寝汗の量も日に日に増えている気がする。そこからたどり着くのは…。やめよう。こんなかもしれないなんて話は。ただの風邪かもしれないし。



「うん大丈夫。ちょっと咽ただけだからね。なんでそんな顔するの」



少しだけ泣きたそうに悲しそうに苦しそうに歪められたその表情。普段は無表情なくせにこんなときだけ感情を表さなくてもいいのに。



『………すぐよくなりますよ』



そんな風に呟いた名前ちゃんの言葉は僕の耳には届かなかったんだ。



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