危険な距離感
挨拶をしてから数日、朝日奈さんとは時々お話しするようになっていた。話題は大したことないけれど、大学の友達とも離れて一人になった私にとって大変ありがたかった。
「へぇ、じゃあ愛唯は4月から新社会人なんだ」
『はい。初めての一人暮らしに初めての社会人生活。初めてばかりです』
「ははっ、何かあったらいいなよ」
『ありがとうございます!』
朝日奈さんはチャラいチャラいと思っていたけれど、話してみるとかなりいい人だ。最初の頃こそ警戒心を持っていたけれど、今はそんなものどこかにいってしまったらしい。
「…アンタ化粧もう少し頑張ったら?せっかく可愛い顔してるのに」
ぶっ、と飲んでいたお茶を吐き出しそうになったのを必死に堪えた。その代わり、変な所にお茶が入って咽てしまったけれど。朝日奈さんは優しく背中を擦ってくれる。大丈夫です、と手で制した私は息を整えて朝日奈さんに尋ねる。
『ファンデーションと眉毛と口紅くらいしかしてないんですが、やっぱりもっとした方が良いです?』
ビューラーだとか付け睫毛だとか、一応買ってはみたものの使い方がよく分からなくて効果も分からなかった。別にこれでいっか、と大学時代を過ごして今もそのまま。結局これが一番楽だし。
「…わかった、化粧品一緒に買いに行ってやるから。ついでに教えてあげる」
社会人の身だしなみとしてもう少し気を遣えってことなのだろう。しかし、教えてあげるって…朝日奈さんは化粧できるのだろうか。相手の女の人にやってあげたりしている、とか?
化粧売り場では本当に朝日奈さんすごかった。これがアンタには似合うんじゃないか、これテスター使って良いですか、女の私よりよっぽど化粧品に詳しいんじゃないか。あっという間に必要なものを選んだ朝日奈さんは結構機嫌がいいらしい。そのまま私の部屋で一つ一つ説明しながら試してくれた。
「ほら、ちょっとだけ目瞑って。目に粉入ると危ないから」
私はもう言われるがままおとなしく目をつぶる。直接顔を見るわけじゃないけれど近くに彼の顔があると思うとドキドキすうr.顔の整っている人に自分の顔のドアップを見せるだなんて、なんて拷問なのだろう。もういいよ、そんな声とともに開いた瞳は何もしていない目の倍くらいの大きさになっていた。え、すご。朝日奈さんの手は魔法の手ではないかと思いそうになってしまう。
「化粧一つでこれだけ違うの。頑張ろうって思えるでしょ?」