私と同期の朝日奈棗の関係は、廃れている。
高校からの知り合いでもあったせいかのか、いつの間にか腐れ縁と発展し、何がどうなったのか思い出せないが今は世間で言うセフレという関係に落ち着いた。もちろん会社ではただの仲の良い同期、だけれど。
”今晩空いてるか?”
件名も主語も何も無い簡単な文章。それでも棗君から来ているとわかってしまう私はかなりの重症なのかもしれない。
「名前〜、ニヤついてないで手動かせ〜」
『は、はいっ』
棗君の花形部署、営業部と違って、私の部署は開発。たまたま研修でいいアイデアが生まれたからここになったんだけど、本当は事務がしたかった。女の子の憧れじゃない?事務職って。
…ってそんなことはどうでもいいんだ。棗君には、定時は無理という趣旨で返信し、仕事に没頭することにした。
約束時間は定時の1時間後。一向に減らない仕事量に嘆きながらも時計を見てみると、とっくに約束時間は過ぎていた。せっかく誘ってくれたのに。きっと棗君にとって私は都合の良いセフレなんだろう。私はずっと彼の事が好きなんだけど、な。
残業してどうにか仕事を全て終えた私はとりあえず待ち合わせ場所に向かった。もしかしたら、なんて馬鹿みたいな期待を込めて。
だけど。本当に。
『棗君!?』
冬の真っ只中。肩に雪を積もらせながら棗君は私を待っていた。マフラーに手袋をしているけれど、どうしても隠せない鼻と頬は真っ赤に染めて。
『ごめん……今まで仕事で』
「いや、俺が勝手に待ってただけだから気にするな」
『ホントごめんね。じゃあ行こっか』
外食することは滅多になくて、たいてい棗君の家で御馳走になり、乾杯するのだけど。
「行こっか…ってお前なぁ。俺の家だろ」
『誘ったのはそっちですー』
どうせそのまま行為にいたるんだ。今日は金曜日で、明日に仕事もないし、先週はアレの日で出来なかったから相当溜まってるんだろうな、なんて他人事のように思う。ぶっちゃけ気付いたら終わってて、頭と身体が痛いのだけが私にとって彼と繋がった証拠。
変なこと言ったりしてないのだろうかと不安になる。酔っ払うとその時の記憶がないのに気付いたのはいつだっただろう。少なくとも棗君と行為を始めてからだった。
今日もほら。朝、目が覚めると優しく私を見つめながら頭を撫でる棗君がいて。やっぱりシたんだ、と自覚する。シャワーを浴びようと立った私の太腿に違和感。というか下腹部に違和感。流れ出てくる白い液体……。は?これって。
『なーつーめーくーん?どういうことかな、コレ』
棗君は、げ、しまった、という表情をしているけれどさすがにこれはいただけない。セフレに生でしちゃ駄目でしょ。それに中で出すなんて。
『とりあえずシャワー借りるから。全部出さないと』
今更意味があるのか分からないけれど。とりあえず出来ることはしておかないと。困るのはどっちもどっちだ。
何も身に着けないままにお風呂場へと向かう私の腕を棗君は何の前ぶりもなく掴んで引き寄せる。体勢を崩した私はそのまま棗君の胸へダイブ。素肌に感じる温かさが恥ずかしい。戸惑う私をぎゅっと抱きしめて棗君は言った。
「そろそろ結婚しないか?俺達」
『………え?』
「ああもう!恥ずかしいから何度も言わせるな!!結婚してくれ名前」
二日酔いで痛い頭を必死に私は働かせる。今、棗君なんて言った…?その言葉を飲み込んで私は一番の疑問を口に出す。
『結婚してくれって………そもそも私たちセフレでしょ?付き合ってもいないじゃない』
「はぁ!?セフレ?何のことだ…?………お前、初めてのときの事覚えてるか?」
『新社員歓迎会の次の日に二人で飲みに行ったんだよね?で、気付いたら私は棗君にお持ち帰りされてた』
その時から私たちはセフレになっよね、そう付け足せば、棗君は大きな溜め息をわざとらしくついた。
「…分かったよ。酔っ払いに言ったのが悪かったんだな」
『へ?』
「俺はそん時名前に告ってるんだよ。で、返事を貰ってから手を出したんだ」
『えぇぇぇえ!?』
しょ、衝撃の事実発覚です。。。
『じゃあ、私と棗君は付き合ってたってこと!?』
「初めから俺はそのつもりだ!」
う、嘘でしょ…。今までの私の悩みは………。
「本当に覚えてないんだな」
ガクッとあからさまに肩を落とす棗君。溜め息をつきたいのはこっちだよ。
「って、名前、今まで付き合っても無い奴に身体預けてたのかよ」
黙秘権を行使し…って駄目だよね。こうなったら素直に吐くしかない。今更取り繕ったところで全て遅い。
『だって、棗君が好きだから…、棗君が好きだって言ってんの!!だからいいやって思っちゃったの!!悪い!?』
あぁ、情けない。きっと顔はありえないくらい真っ赤なんだろう。穴があったら入りたいと切実に思う。でもそんなこと許さないとでも言うように棗君にきつく抱きしめられた。
「俺も好きだ。だからもう一回やり直させてくれないか?俺と付き合ってください」
『…うん。よろしくお願いします』
「名前が酔っ払ってるときには何もしないようにするよ」
『そうしてくれると助かります…』
―――そうして私たちは初めてのキスをした。