名前君が足を洗ってから数年。最初の内は仕事が増えて大変だったがそれも昔の話。相変わらず俺は諜報活動に証拠処分を担当していた。



「…これは?」

「最近人気のカフェらしい。…表向きはな。裏の人間がここに来るとのことだ」



まだ噂程度だが、斎藤さんはそう付け加えて何もないか探ってきてほしいと俺に命を出す。二つ返事ですぐに現場に俺は向かった。

俺が向かったカフェはすぐとなりに海があり、海に沈む太陽を見に人が集まるらしい。人が集まるところには裏の人間が混じる。人畜無害な顔をして表の人間のように振る舞っているだけの者、表の人間を無理やり裏に引きずり込む者、ただ上の命令に従って来る者、人が集まればそれだけ色々な人間が募るということだ。どんな人物がいても不思議ではない。



「……ここか、普通のカフェに見えるが」



出入りする客を見ていたが怪しい人間はいなかった。窓や裏口なんかも全て探ってみたが外からでは限界がある。客として入って見るか、とさっと簡単に変装してカフェの中に入る。中は船内を思わせる装いだった。



『いらっしゃい、ま…せ………』



他の客には元気よく挨拶していたのにどうしたのか、まさか裏の人間とバレたのか、手を咄嗟に銃に伸ばしながら振り向いた先には彼女がいた。前は一緒に仕事をしていた、大事な家族が。土方さんの命令により名前君の跡を追うことはしなかった。何処にいるのか、生きているのか死んでいるのかさえ分からない。もう二度と会うことはないと思っていた。

大きく俺の目は見開かれていただろう。彼女と同じように。固まったままの彼女の手から水の入ったコップが滑り落ち、ガシャンと店内に響く音が現実だと知らしめた。



「…オリジナルブランドを一つ頼めるか」

『…オリジナル、ブレンド、ですね。はい、少々お待ちください』



微かに震えていた名前君。今更、殺しに来たとでも思っているのだろうか。君はもう陽の元を歩くことが許された人間だ。闇を歩いていく俺たちと交わることはない。

お待たせしました、そう言う彼女は俺の目をまっすぐに見た。俺が来た真意を探ろうとする瞳には強い気が混じっている。そこの、キッチンの方から殺気を飛ばしている名前君の夫をどうにかしてくれないだろうか。君たちに危害を加える意志はない。

名前君たちが別のマフィアと繋がっていることはないだろう。彼らは裏の世界と手を切った。しばらく店内を観察していたが何も怪しいところはなかった。まるで裏の世界なんて知らずに生きてきましたとでも言うようで俺には彼女たちが輝いて見えた。



『ちょっと左之助。大丈夫だって。烝君、別に私達を殺しに来たわけじゃない』

「駄目だ。俺もだが名前もそれなりの爆弾になる情報を持っちまってるだろ。見逃すわけがなかったんだよ」



おい、と少し揉める声が聞こえた跡に俺に声をかける名前君の夫。確か原田左之助と言ったか。彼の後ろでは名前君がごめんとポーズを取っている。



「…何しにきた」

「仕事だ」

「………俺たちを殺す仕事か」

「違う。名前君と会ったのは本当に偶然だ」



もう会うことはないだろう。陽の光を浴びる君に、血赤のこびり付いた俺の手を伸ばすわけにはいかない。俺の出入りがバレれば名前君たちの迷惑になる。そこまで下手な変装はしていないつもりだが、何時何があるかなんて分からない。



「裏の人間と繋がっているのではないかと噂になっている。十分気を付けた方が良い」



この男の瞳は信じて良いと思ってしまった。気がつけば話すつもりのなかったことを口走っていた。口から出た言葉は取り消せない。名前君たちの護身用にと拳銃を取り出した。何かあった時のために、そう思ったのだが名前君に受け取りを拒否される。



『私達はもうそれを持たないって決めたの。今持つのはカップにお皿にナイフとフォーク、それで十分』

「もし何か会っても俺が名前を絶対に守るからよ。安心してくれていいぜ」

「…そうか、余計なことをした」



拳銃を持たないだなんて本当にただの女になったのだと思わされる。また一度仕事を一緒にしたかったがそれは適わない願いだ。取り出した拳銃を懐にしまい、店を後にする。あぁ、そうだ、まだ言っていなかった。



「コーヒー美味しかった」



また飲みたくなるくらいには。その続きは口に出すことはないが。

願わくば彼女たちのこれからの生にたくさんの幸があらんことを。手を振る二人の薬指にはお揃いの指輪が輝いており、斎藤さんへの報告は”裏との繋がりなし”それだけに留めておかなくてはと考えていた。





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なお様、20万打へのリクエストありがとうございました!
夢主の元お仲間である烝君視点でのお話しにしてみましたが、いかがでしょうか。
気に入っていただけますと幸いです。
もし、書き直し!という場合はメールや拍手からご連絡ください。
これからも「愛して」をよろしくお願いいたします!





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