『おかえりなさいませ、ご主人様♪』
まるでハートマークが後ろにつくかの勢いで私はその言葉を口にする。その言葉に反吐が出そうになりながらも、お金の為と割り切ってお客さんをもてなす。
私は望まれて生まれた子じゃない。望まれたのは兄、それから弟だけ。女である私はいらないんだって。そんな訳で家に居場所がない私は少しでも早く家を出たいという思いからバイトをしていた。…本当は校則違反なのだけど、まさかこんなところに来る人はいないだろう。メイド喫茶を選んだ理由として一つはこれが挙げられる。だって見つかったらまずいから。それから制服が可愛いんだよね。しいて言うなら、メイド服のスカート丈が少し短く感じるくらいかな。膝上10cmより少し短いくらい。下手に動くとパンツが見えそうになってしまうから、自然とおしとやかな動きをするようになる。それが店長の狙いみたい。そりゃ、大股で歩かれるより、小股でちょろちょろしてた方が可愛いだろう。
『………げ』
接客中、新たに入ってきた人に、案内は別の人だけど近くを通ったから挨拶しなきゃと、顔を見るとそこには見知った人物がいた。…土方先生。私の担任ではないけれど、私の学年主任であり、古文を教えてもらっているので顔を覚えられている可能性が十分高い。まさか先生が来るなんて。意外すぎ。…っと、そんなことより。私は彼にばれないように常に背を向けるよう気をつけながら接客を続けた。バレたらまずい。バイトを早めに切り上げたかったけれど、今日は金曜日だからかお客さんが多く、抜けれそうにない。どうやら彼が変えるまで見つからないようにしておくしかないらしい。…なのに。
「名前ちゃん、これ、12番テーブルね」
『はぁい』
12番テーブルって…。土方先生の席なんですけどー…。いやいやいや、絶対ばれるって。誰か代わって…って皆、忙しそうな中、そんなこと言えやしない。最悪だ。腹をくくって、持っていく。
『お待たせしました♪とろけるくまのふわふわオムライスです♪美味しくなる魔法がありますが、してもいいですか?♪』
「………あぁ」
もうこうなったらヤケクソだ。ぶりぶりに着飾った言葉で圧倒すればどうにかなるよね!?ということで勢いに任せてしまおう。オムレツの上にハートを書いたら、これで終わり。すぐさまその場を離れようとしたけれど、彼に手を掴まれてしまった。
「おい」
『何でしょうか、ご主人様♪写真撮影ですか♪』
「名前だろ。こんなところで何してる」
…やばい。土方先生怒ってるよ。絶対認めないと腕離してくれないよ。
『……事情は後でお話します。逃げないので手を離してもらえませんか。今、忙しいので』
「…逃げるなよ」
『もう逃げたって手遅れでしょう。逃げませんよ。せめて忙しい時間が終わるまでは待っててもらえませんか』
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