さあ、怖がらないで
『ただいま、総司君』
「ねぇ、僕、一人で外に行かないでって言ったよね。危ないからって」
『散歩くらいさせてよ。ずっと家にいたら気持ちが沈んじゃう』
「うん、でも僕は心配なんだ。君に何かあったらどうしよう、って」
『ごめんなさい…』
僕こそごめんね、こうして束縛して君の自由を奪ってる。そう言って抱きしめる総司君。
…違う、総司君じゃない。今まで私を抱きしめてくれていた人は総司君じゃない。名前も顔も思い出せない彼だけど、匂いや抱きしめる強さ、顔の位置が今までと違うのだ。
『そ、総司君』
外に出て疲れちゃったから今日は休みたいな、お風呂入っていい?尋ねれば簡単に了承を得られる。さてお風呂の中で考えようじゃないか。
適当に服を掴んで脱衣所に入った私。頭が思い出すことを拒否するかのようにガンガン痛む気がするけれど、このままにしておくわけにはいかないんだ。
総司君と暮らし始めて早1ヶ月。まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。ううん、私が記憶喪失になるなんて思いもしていなかった。こんなのドラマやアニメの世界だけだと思ってた。
私は誰、総司君とどんな関係なの。よくよく考えてみれば総司君に言われるがまま私は彼を信じ切っていた。彼氏だって言ったのは総司君だし、ずっと一緒にいてくれたのは事実。赤の他人の為にここまで普通する?ってくらいとても優しい振る舞いに私は彼が好きだったんだろうな、って思ったんだ。私の写真だって飾ってあるし、私の為にって何でもしてくれる彼が……あれ、あの写真ってもしかして。
咄嗟に私はお風呂から上がる。体を拭くのもそこそこに服を着て、髪から垂れる滴は首にかけたタオルにお願いだ。そうして写真に手を伸ばした私。
『……やっぱり』
これは全部隠し撮りされたものだ。私の視線がカメラに会っていないのだ。カメラとは別の、隣にいるであろう人に向けて笑っている。写真の中の私をじっと見ていると私は全部思い出した。何もかもすべて。
『はじめ、くん…』
「あーあ、気付いちゃった?思い出さなければ幸せだったのに」
総司君の冷たい声に私は写真を床に落としてしまった。
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