脅える顔もかわいいよ
私も働きたい、そう言った時の総司君の表情はなんとも言い表せないもので。私は総司君に外に出たい、だなんて言い出せなくなってしまった。
『いくら一人に慣れたとはいえ、暇なんだよねー』
私だって少しくらい自由に外出たい。怪我だって本当、かすり傷程度に治ってきているし。部屋にある本はすべて読みつくしてしまった。ついでに面白そうなDVDも全て見てしまった。要するに私には膨大な時間があるのである。総司君が外に出てから帰ってくるまで、ほぼ一日暇を持て余していることも少なくない。
『…………ちょっとくらい良いよね。それに何か思い出すかもしれないし』
自分に都合の良い言い訳を作って外に出る準備をする。さてどこに行こうか。どこが良いかな、なんて考え始めた時ふいに写真に目がいった。…お花畑。ここは割とすぐ近くにあったはずだ。なんとなく覚えている。よし、ここにしようと私は張り切って出掛けて行った。
確かこっちの道だったよね、と自分の記憶を頼りに辿ってみる。でも何だ。何か違和感がある。何かが間違っているようなそんな違和感。
『…っ、痛』
知らない間に自分の下唇を噛んでいた。血が滲むほど強く噛んでいたそこを舐めれば鉄の味がする。あぁまずい。これがばれたら総司君に心配かけちゃう。何してたのって言われたらどう答えよう。
……ううん、今はあの写真のお花畑に行くんだ。それから考えれば良い。どうせ外に行ったのはバレるだろうから道に悩んでた、とか言えばきっと大丈夫。あとはこの角を左に曲がれば駐車場が見えるはずで…。あった。良かった、私の記憶は間違ってなかった。
『すいません、大人一人お願いします』
入場料を払い、チケットをもらう。中に入れば先ほどまでの街並みが嘘かのような自然に囲まれて。色とりどりの花はあの頃とは違うけれど来た季節が違うのだから当たり前。花を一つ一つ観察していれば、係員のおじさんに声かけられる。
「あれ、桑原ちゃん一人かい?」
『はい』
「あの紺色の髪の兄ちゃんはどうしたんだ?喧嘩でもしたか?」
『え…』
「ほら、いつも一緒に来てた兄ちゃんだよ。別れちゃったのか?俺、お似合いだと思ってたんだけどなー」
いつも紺色の髪の男の人と一緒に来ていた?誰だ、それは。私が知っている男の人と言えば総司君しかいない。だけど彼の髪は茶色だ。あの明るい茶色を紺色と表現する人はいないだろう。じゃあ、この人は一体誰のことを言っている…?
適当におじさんに相槌を打って話を合わせる。手先は異様に冷たくて。それからどうやって帰ったのかなんて覚えていない。気が付いたら家にたどり着いていた。
「…おかえり、若菜ちゃん」
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