他の誰も知らない君の癖
総司君と一緒に暮らすのは心地が良かった。彼があれこれ気を回してくれているおかげだ。怪我だって随分良くなったって言うのにまだまだ過保護。
「若菜ちゃん、ほら荷物は僕が持つから」
『私も持つよ。ほら怪我だって治ったし』
「だーめ。若菜ちゃんは作る係。僕が買い出し係なんだから。本当は家で大人しくしててほしいくらいなんだから」
総司君が言うと本当に家に閉じ込められちゃいそうだ。だから私は大人しく手に持っていた荷物を総司君に渡す。彼は満足したような表情を浮かべて空いた方の手で私の手を握る。
「転ばないようにしなきゃね」
『…私もうそんな年じゃないもん』
「若菜ちゃんと手を繋ぐ為の言い訳だってわかってるくせに』
ぎゅっと総司君の大きな手で私の手が包み込まれる。それは温かくて恥ずかしくて照れ臭かった。
彼は私が入院した原因を、僕と喧嘩して飛び出した若菜ちゃんが車にぶつかって、と言っていた。何が理由で喧嘩してしまったのだろう。どうして彼を思い出せないのだろう。
少し考え込みすぎたらしい。若菜ちゃん、と呼ぶ声に反応が遅れた。
「こーら、下唇噛んじゃダメだって。若菜ちゃんは考え込むとすぐ噛むよね」
知らず知らずのうちに下唇を思いきり噛んでいた。舌で舐めると鉄の味。やっちゃった。
「触っちゃ駄目でしょ。クリームあるから塗ってあげる」
総司君がクリームをつけた指を私の方に向ける。私はそれに従って唇を彼の方に差し出す。…あ、これまるでキス待ちみたい。恥ずかしい。
冷たいクリームを傷口に塗って、最後にこれでおしまい、と言わんばかりに総司君は私にキスをした。
『ちょ、ちょっと!クリーム取れちゃったじゃん!』
「あはは、可愛かったからつい。ほらもう一度塗ってあげる」
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