おはようからおやすみまで
……ここは、どこ。ぴっぴっぴっ、と聞きなれない音が響く。気怠い体を起こして周りを見渡せば病院だと分かる。なんで私はこんなところに。
暫くぼーっとしていたら、見回りに来た看護師に呼ばれる。桑原さん、なんて名前を私は知らない。そうしたら先生を呼ばれて、色々検査されて。私は記憶喪失なんだって。テレビの中でしか聞かないような言葉に私は呆然とする。
自分の名前とどうして病院にいるのか教えてもらって頭の中で反復する。桑原若菜、桑原若菜、桑原若菜…これが私の名前。名前を呼ばれたら返事をしなくてはならない。最初は慣れないから気を付けなきゃ。
何か記憶を戻す手掛かりはないかと自分のベッドの周りを漁る。タオルに入院着、歯ブラシ等、特に目立ったものは見つからない。どうしよう、と項垂れていた時だった。私の名を呼ぶ声が聞こえてきたのは。
「若菜ちゃん!」
茶髪の顔の整った男の人が私を抱きしめる。息を切らして相当急いできたのだろう。私はどうすれば良いか分からないまま身体を強張らせていた。
『……あの、』
貴方は誰ですか。そう問うた時の彼の顔は忘れられない。私を解放した彼は目線を合わせて言った。
「……僕は沖田総司。君の彼氏だよ、若菜ちゃん」
彼はにこっと人当りの良さそうな笑顔を浮かべる。何故か分からないけれど寒気がした。
***
あれから彼は毎日見舞いに来てくれた。それこそ面会時間が始まってから終わるまでずっと。
若菜ちゃん体調はどう?若菜ちゃん今日はリハビリだって先生から聞いたよ。若菜ちゃん、もうすぐ退院だって!
おはようからおやすみまでずっと一緒にいてくれる沖田君、ううん、総司君。優しい彼にどうして彼との思い出が私の中にはないのだろう、なんて罪悪感を抱いていた。
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