とある武家に生まれたのが僕、今井八重だった。

大したことのない武士の位だけれど、父も母もそれに心酔していた。だから僕が産まれたのは失敗だったのだ。二人は跡継ぎとなる男子を望んでいたのに赤子は女だった。年も年で次の子を望めないと思った両親は僕を男として育てることにする。男として武士の家を継がせる、それが二人の望みだった。

幼い頃から男として育てられた。同い年の女子が琴や華道に精を出している間、僕は剣術に弓馬を習った。僕は男でそうあるのが当然だと意識の底に刷り込まれていた。



「てめぇ生意気なんだよ」

「ちょっと強いくらいで調子に乗ってんじゃねーよ」

「女みてぇな顔しやがって」



…馬鹿みたいな罵倒にも、もう慣れた。一生懸命励んでいるだけなのに、どうしてか他人の恨みを買ってしまう。自慢するわけではないけれど、そこらの道場では負けないくらい僕は剣術の才能があった。

無勢に多数。どう考えても卑怯なやり口だけれど、そうまでして僕に勝ちたいのか。竹刀を取り出し、構えを取る。



『人数を揃えた所で僕に勝てるとでも?』



砂かけ、足技、なんでもありだ。稽古では禁止されていても、実践となれば話は別。そもそも一騎打ちでない時点で武道も何もない。

ぼろぼろになった僕と転がって立ち上がれない者たち。僕の一人勝ちは明白だった。僕を強く照らしていた太陽は既に傾き、長い影を作り出している。はぁはぁ、と息を整えていると一人の男が近づいてきた。



「…これは君がやったのか?」

『………そうだけど。あんた誰?』

「あぁ、すまん。俺は近藤勇。試衛館という道場をやっているのだが、聞いたことはないかね?」

『試衛館?』



……そう言えば聞いたことがある。実際に刀を使うことを考えて竹刀ではなく木刀で、武士の身分でない者も誰でも門下に入ることが出来る変な道場がある、と。確か名前は試衛館だったはずだ。この近藤という男が話したことで思い出した。



『それで僕に何用ですか。その試衛館だとか言う道場主が』



人当りの良さそうな笑みを浮かべているが、この男だって内心何を考えているか分からない。竹刀を構え直して相手と距離を取る。今まで相手にしてきた者たちは自分より少し体格が良いくらい。大人を相手したことは剣術の先生以外いないけれど、どこまで通用するのだろうか。



「もし良ければ試衛館に来ないかと思ったんだ。我が道場には君が相手になる者が沢山いるだろう」

『…今までもそう言われて行ったことがあるけど、どこもたいしたことなかった。道場破りになって終わりなだけだった』

「…俺の言葉を信じられないならそれで良い。だけど君は強くなりたいと願ってるんじゃないのか?」

『………』

「俺はいつでも君が来るのを待っている」



言うだけ言って去ってしまった近藤勇。彼から感じたのはただ感心の音だった。

……試衛館、か。嘘をついている様子はなかった。もし僕の相手にならない者しかいなければ今まで通り道場破りになるだけだ。そうして僕は一度試衛館に行ってみることにした。



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