部屋に戻った僕は手拭を持って井戸まで行き、水をくみ上げた。冷水を頭から被って手拭で思い切り擦る。今はもう皆寝ているはずだし、夜勤だとしても帰ってくるまでに時間がある。それまでにいつもの僕に戻らなくちゃ。汚い僕じゃなくて、皆と一緒にいられる綺麗な僕に。
ばしゃばしゃと何度も水を体にかける。冷たさに震えても、擦りすぎて赤くなっても止められない。僕は何をしてでも皆と一緒にいたいんだ。
「…誰だ。こんな時間に風邪を引くだろう」
『……!!』
「八重か?何をして、い……る………」
はじめ組長が固まる。彼の視線の先を辿ると、決してふくよかとは言えない乳房が目に入った。いつもは晒で押さえつけているそれを今は水を浴びる為に外していた。
どうしよう、女だってばれてしまった。もう此処にはいられない。そしたらどうやって生きていけば良いのだ。今更女子になんか戻れやしないのに。剣を振るうしか才がないのに。どうしよう、どうしよう。
どうしよう、そればかりが頭の中をぐるぐる駆け巡って言葉が出なかった。そんな僕から視線を外したはじめ組長は俺の部屋に来い、と服を簡単に着させて腕を引っ張った。骨ばった手と僕を引く強さは男女の差を顕著に表しているようだった。
『申し訳ございません』
僕ははじめ組長の部屋に入るなり、頭を畳に押し付けて謝罪する。まさに平身低頭である。謝って許されることじゃない。だけど僕にはそれくらいしか出来ることがないんだ。
「謝罪が欲しいわけではない。今からの質問に正直に答えろ。良いな」
はい、としか答えられない。だって僕が悪いのだから。女の体が憎い。一度も女として生きたことないのに、意識はずっと男であるのに、生物学上で女であるというのは覆らない。
彼の瞳を見つめながら答えを発する。全て正直に。…僕はどうなるのだろう。浪士組に今井八重という人物はいなかった、となるのだろうか。
僕の人生って一体何なのだろう。女として生を受け、男として育てられ、男として行動し、女だと罰を受ける。性に振り回されまくりじゃないか。僕は両親の期待に応えたかった、それだけなのに。
「………しばらく部屋で大人しくしていろ。副長に報告せねばならん」
『…はい』
判決を待つ死刑囚のようだ。せめて腹を斬らせてほしいものだけど、きっと女である僕にそれは難しい。
いつ殺されるのかと怯えていた。布団に入っても碌に寝付けずに気が付けば陽が昇っていた。
「八重、入るぞ」
すっと襖を開けて入ってきたのは土方さん。着いて来い、とぶっきらぼうに言われた通り後ろを歩いてく。僕はどうなるの。
連れて来られたのは土方さんの部屋。そこには近藤さんに山南さんもいて、二人とも神妙な面付きでこちらを見つめていた。
「今井君、斎藤君から話を聞きましたが改めて聞かせてください」
有無を言わさぬその言葉の冷たさに僕は身震いした。
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