『はじめ組長、土方さんがお呼びです』

「八重か。分かった」



三番組組長補佐という役職を貰った僕ははじめへの呼び方を変えていた。部下に示しを付ける為だ。

はじめ組長の代わりに僕は隊士に稽古を付ける。後から来た身だけれど平隊士以上の役職を貰っているのだ。それ以上の働きをしなくては反感を食らう。巧い具合に親近感を抱かせつつ、良い人に見えるように振舞っていた。



『…そこまで!稽古終了!』



その掛け声と共に隊士たちは屯所へと戻って行く。誰もいなくなった壬生寺は少し寂しい。自身の持ってきた木刀を振るのには丁度良いかもしれないが。

薄暗くなったそこで一人木刀を振り回していた。ただ振っているだけでも木刀はそれなりの重さを伴う。実践で振り回す刀と同等程度の重さがあるから助かることではあるのだが。今日も掌に血豆を作りそろそろ屯所に戻ろうと思ったら、はじめ組長が僕を呼びに来てくれた。



「八重、夕餉の時間だ」

『はい、ただいま戻ります』



いつも通り質素な夕餉。懐事情に詳しいわけではないけれど、ここ毎日の食事から見て余裕があるわけではないことは分かっていた。僕は総司ほどではないけれど小食気味なので十分なのだが。

ご馳走様でした、と箸を置けば聞きなれない音がした。なんだ?今の音は。怪しげに眉を寄せていると組長たちが立ち上がる。どうやら様子を見に行くらしい。僕もそれに同行することになった。



「こっちの方から音したよな!?」

「俺は向こうの方を見てくるぜ」

「僕はあっちを見てくるね」



それぞれ刀に手を添えながら状況把握に努める。僕は前川邸周辺を捜索することになった。

月明かりがなく外は真っ暗。多少夜目が利くとは言え、焦って何かを見逃してしまうかもしれない。一度深呼吸をして緊張感を高める。これで素早く対応できるはず、だ…?何だあれ。白い髪に紅い瞳、甲高い奇声をあげながらこちらに向かってくる一人の浪士。



『っ…!』



浪士が振り上げた刀をどうにか躱す。想像以上に重いその一撃は油断すれば押し負けてしまうほどだ。刀同士のぶつかり合う音がする。

…こいつ、強い。技なんてものはないが力で全てをねじ伏せるだけのものを持っている。



『はぁっ!!』



一瞬の隙をついて僕は浪士の腕を斬る。利き腕が使えなくなった以上、刀は持てないはず。それなのに。自身の腕から滴る血を舐めたかと思うと、みるみる内に斬った痕が無くなっていった。



『…なに、あれ……!』



あんなのどうやったら良いんだ。目の前の尋常じゃあり得ないほどの生命力を持った者に畏怖する。刀を持つ手が震える。あぁ、駄目だ。落ち着け。とにかくあいつを倒さないと僕は死ぬ。小さく吐いた息と共に足を出し、次々に技を出す。化け物は対抗しようとするがこちらの方が速さは上。止めきれなかった箇所から次々血を出していく。



『……!!』



失血死に値するくらいの血を流しただろう化け物はまだ生きていた。こちらは疲労してきているのに、向こうは何事もなかったかのように刀をこちらに向ける。お互いの刀がぶつかり合った。その瞬間、押し負けた僕の刀は無残にも折れてしまい、化け物の刀が僕に向かって振り落とされる。



「八重!」






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