あれから随分年月が経った。
僕は家の事情で試衛館を訪れることが出来なくなっていた。正確に言えば親にばれたのだ、こっそり試衛館に行っていることが。それを知った両親は大激怒。護衛等と意味の分からない名目で監視されることとなってしまった。
一度だけ監視の目を盗んで試衛館に行こうとしたことがある。普通の剣術の稽古じゃこれ以上うまくなれないと思っていたし、試衛館で皆と打ち合うのが楽しくて。家をどうにか抜け出したところで見つかって、酷い折檻を受けた。もう勝手に試衛館に行くのは無理だと思うほどに。だけど直訴したところで返ってくる答えは駄目の一点張り。
結局僕は刀を差して、親の望む武士となる。そんな僕に婚約者がいないと知るとどこから噂を聞きつけたのか武士の嫁にと声がかかるようになった。
『婚姻、ですか』
「そうです、聞けば許嫁はいないそうで。我が娘なんてどうでしょう」
『…ありがとうございます。考えておきます』
まぁ全て断っているけれど。僕は武士で男だけれど女と結婚は出来ない。男性器なんて付いていないし、毎朝晒で胸を潰している、こんな僕には。
そんな折、父親が死んだ。病に倒れた父親はあっけなく最期を迎えた。泣き崩れる母親を見て、僕がしっかりしなくちゃと思ったのは記憶に新しい。
「八重、お前は立派な武士になるんだ」
そんな言葉が父親の口癖だった。それは僕を縛り付けて離してくれない。僕は立派な武士にならないといけないんだ。
父親が死んでから母親がおかしくなった。僕を見て、何で女なんて生んでしまったんだ、何でお前は男じゃないんだ、なんて発狂する。お前のおかげで孫を抱くことなんて出来ずに死んでしまう、なんて言われたときは目を見開いて母親を見つめてしまった。
『お母様…?』
「ごめん、ごめんよぉ。女にしてあげられなくて。本当なら子供を作って、好いた男の為に家事をしてるのにねぇ」
それが女の幸せだって知っているのに、そう言ってまた謝り続ける。分かってたんだ、初めから。僕は望まれた子じゃないってこと。僕は女であること。だけど今まで男として育てられたのに、どうして女子として生きられようか。
『…お母さん、ごめん。僕、京に行く』
試衛館のみんなが名を挙げる為に京へ行ったという噂は聞いていた。そこに何があるわけではないけれど、今のまま江戸にいたって良いことはないと分かっていた。僕自身、武士という位にしがみ付きたい訳ではないし、興味がさほどあるわけではない。それよりよほど農家の生まれで武士を目指す近藤さん達の方が気になった。皆といたのは短い時間だったかもしれないけれど、随分心が軽くなったのは彼らのおかげだ。
「………好きにしなさい。今まで男として生きさせて悪かったね」
八重ちゃん、そうずっと呼びたかったのよ。と言って抱きしめられた。なんとなく、お母さんは僕を女の子として育てたかったんじゃないかなって思った。お父様が怖くてできなかっただけで。そうじゃなかったら、もっと男っぽい名前を付けていてもおかしくない。
『今まで育ててくれたこと感謝してる。ありがとう、お母さん』
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