『…すいません、誰かいませんか』



翌日、僕は稽古の時間に試衛館の前に立っていた。両親には言っていない。どうぜ禁止されるのが見えているから黙って来た。

…わざわざ来たというのに誰もいないじゃないか。僕の相手となる者がいると言っていた口調は一人二人ではなさそうだったのに。あの男、あぁ見えて口八丁の詐欺師だったのか。僕もまだまだだな。そんなのに騙されて、こんなところにまで来て。

ここにいても仕方がないと引き返そうとした時だった。近藤と名乗った男が中から出てきて、嬉しそうな笑みを浮かべた。



「君は…!来てくれたのか!」

『…まぁ、どんなものか興味があったし。道場破りになってもいいんだよね?』

「君が僕に勝つつもりでいるの?」

「総司!」



道場に連れられている途中、近藤と名乗る男と話していたら僕と同い年くらいの男が出てきた。笑みを浮かべる表情とは逆に瞳は笑っていない。…確かにこの男は強そうだ。



「ね、君の名前は?話せる内に聞いてあげる」

『名を聞くときは自分の方から名乗るのが礼儀かと』

「近藤さんにあんな口聞いといてよく礼儀だとか言えるよね。…まぁいいや、僕は沖田総司」

『今井八重』

「へぇ、女みたいな名前なんだね」



それに女顔みたいだし、なんて言うものだから、思い切り沖田総司を睨み付ける。そんな女みたいなのに負ける男はじゃあどうなんだ、なんて彼に言っても意味がない。言うなら彼に勝ってからだ。

古びた道場に案内された僕は木刀を渡される。これが天然理心流なのだと。普段竹刀を使っている僕に木刀は随分重く感じたがそんなこと言ってられない。慣らせる為に軽く素振りをする。竹刀ならまだしも、木刀に当たると痛そうだな、なんて考える余裕もあった。



「準備は良い?」

『大丈夫』

「それじゃあ、いくよ」



***



僕と沖田総司の試合は白熱したものだった。一進一退の攻防で一瞬でも気を抜けば負ける。そんな試合。



「あははっ!君、意外とやるね!」

『…っ、そっち、こそ!!』



沖田総司の振り上げた木刀を受け止める。が、それは予想よりも重く、僕の木刀を弾き飛ばしてしまった。そのまま避ける間もなく僕から一本を沖田総司は勝ち取った。

肩で息を整える。疲労困憊だ。腕は木刀を振り回したせいで筋肉痛だし、掌に出来ていた豆が潰れたのと新しく出来たのとで酷いことになっている。僕が負けた、のか。

顔を上げれば沖田総司と目線が合う。彼は手拭で汗を拭きとっていた。このまま負けっぱなしなんて僕は納得出来ない。



『…次は負けないから』

「次も勝つのは僕だよ」



それから近藤さんが許可をくれて僕は時々試衛館に顔を出すようになった。毎日だと親にばれてしまうから、きちんと稽古に行く日と試衛館に行く日と分けて。

試衛館に通うようになって随分皆と仲良くなった。面倒見の良い近藤さんに怒ると怖い土方さん、僕の好敵手の総司と平助と新八さんと左之さん。あと、僕同様時々顔を出す右差しのはじめ。

僕の実力を認めてくれて居場所をくれる。寺小屋なんかより、よっぽど居心地が良かった。




戻る


×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -