「井吹、何をしている」

「何だ斎藤か。驚かすなよ」

「驚かすとは何だ。稽古の時間になっても顔を出さないからだろう」

「悪かったって。もうすぐ書けそうなんだ」

「これは…」



紙に墨で描かれているのは八重の姿。普段の容姿から羅刹となり迎えた最期まで。井吹は怒られると思ったのか咄嗟に言い訳を話し出す。



「べ、別に誰に見せようって言うわけじゃなくてだな。ただ何となく描かないといけないって思ったんだ。あいつが浪士組にいたって言うのは消されちまうのかもしれない、けど、誰かが覚えておいてやらねぇと」



あの世で一人ぼっちで寂しがってるだろうしな、なんて言う井吹と八重はそれほど交流が深かったのだろうか。どちらかと言えば芹沢さん派に属する井吹を八重は良く思っていないと思い込んでいたが。実はそれは自身の先入観だけのものかもしれん。



「八重の最期を見たのか」

「あぁ。っつっても遠くからだけどな。あまりにも騒がしいから八木邸の方に言ったんだ。そしたら…」



俺たちが羅刹となった八重に斬りかかっていた、か。途切れた言葉の先を想像するにこんなところだろう。苦虫を噛み潰したような表情の井吹は随分人間らしい。

この先、俺たちの行く末に芹沢さんが邪魔になることは間違いない。この男も今までみたいにいられないことくらいは分かっているだろう。



「…一枚貰っても良いか」



適当に拾った中で一番よく描けていると思われたものを指しながら言う。だがその言葉は井吹には届かず。いつの間にか井吹はまた紙に向かっていた。俺の言葉が聞こえないほどに集中しているらしい。遅くなった、隊士達に稽古を付けなくてはならん、と俺は部屋を後にする。

井吹の絵の中の八重はとても良い笑顔だった。組織として働きだしてから、はじめ組長と呼ぶのと敬語に気を付けていたみたいだが他に誰もいない時は抜けていて。試衛館にいた頃のようにくるくる変わる表情に俺は笑ってしまったり。そっと折り畳み胸元にしまう。いつまでも眺めているわけにはいかん。まだまだ俺たちにはやらなくてはならないことがある。夢半ばで散った八重の為にも。



「八重はきっと天から見ててくれている。そんな気がするんだ」



そう言った局長の言葉を思い出し、俺は空を見上げる。八重、そこにいるのか?なんて声をかけながら眩い光に目を細めるのだ。




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