目の前の者が何を言っているかわからなかった。いや、わからなかったのではない。分かろうとしなかったのだ。頭が考えることを拒否していた。



「羅刹になったとは言え、俺と話せているではないか」

『今は理性で抑え込んでる。けど、血の匂いを嗅ぐと……』



伏し目がちに話す八重は今までと何一つ変わらない。男として育てられ、男として生きて、女を捨てた八重がいなくなっただなんて思えない。だが、こんな質の悪い冗談を言う者でないことも俺は知っている。そして俺が何をすべきかも分かっている。



『変若水の研究は失敗。まだまだ改良しないといけないんだ。僕はどうにか理性を保っているけ、れ、ど……』



八重の様子が変わる。急に苦しみ初めて頭と胸を押さえる。何だ、どうしたというのだ。八重の駄目だという声と共に目の前に現れたのは羅刹だった。白い髪に紅の瞳を持つ八重はそのまま部屋を出ていこうとする。俺はその状態の八重を外に出すまいと刀を握る。八重を殺す為ではない、生かす為だ。

俺の刀は八重の左肩を掠る。羅刹は自身の血でも良いのか、八重は肩から流れる血を妖艶な表情で舐めとっていた。まるで血が美味しいとでも言うように。



「っ、目を覚ませ、八重!」



力で決して俺に敵うことのなかった八重の剣に押し負けそうになる。でたらめな、刀を振り回しているという表現の方が正しい戦い方に本当に理性が消えてしまったのかと思う。此の者は力で敵わないとしても技量でそれを上回ろうとしていた。努力し、人一倍、鍛錬に励んでいたのを俺は知っている。

いつの間にか騒ぎに気付いた幹部たちが俺の部屋に踏み入って、現状に驚愕していく。左之も総司も副長も一度は刀を落としそうになる程度には動揺していた。



「なんっ…!なんでだよ!なんで八重が薬なんか飲んでんだよ!!」



平助の悲痛な叫び声が響く。理性を失った羅刹は殺さなくてはならない。このまま京の町に離してしまうなど以ての外。俺たちの手でやらないといけない。

刀を構えられて囲まれた八重は高々と笑う。今から俺たちの血を沢山吸えると喜ぶように。八重はぐるりと自身の周りを見渡して、まず襲い掛かったのは俺の所だった。

力強く振り上げられた刀を躱し、脇腹に刃を当てた。痛がりながら俺と距離を取る八重は近くにいた左之に襲い掛かる。まるで夢のようだった。八重が俺たちを襲う。そんなことが夢の中以外であるはずがない。目の前で起こっていることが現実だと思えず俺は呆然としてしまう。そんな折、頭に過ったのは八重の、僕を殺して下さいと言ってきた言葉だった。



「総司、退け。三番組隊士の不始末は俺がつける」



新八と平助から刀を受け、おびただしい量の血が出ている。俺が刃を当てた箇所は既に塞がり傷跡はすっかりなくなっていた。今にも、と機会を狙っている総司を押し退け俺は一瞬の隙をついて八重の心臓を一突きにした。

どさりと倒れる体を支え横たわらせる。羅刹化の解けた八重は安らかな寝顔をしていた。



「斎藤、これはどういうことだ」

「…それが、」



ちらりと総司たちを見る。彼らは八重が女子だということを知らない。ここで話してしまっても良いのだろうか。俺一人では判断できず副長の指示を仰いだところ、話せ、と言われたので俺は八重に言われたことを話す。新八や左之、平助は随分驚いただようだった、八重が女だということに。総司は軽く笑みを浮かべえているがその真意は測れない。



「そして選択を迫られたそうです。変若水を飲むか、浪士組に女がいると話すか」



迷惑はかけられない、と彼女は変若水を飲みました。ですが変若水の実験は成功しておらず…、俺の部屋に入ってきた八重は事の経緯を話し、殺してと懇願してきました。俺が殺せない内に夜勤が帰って来、返り血の匂いにつられ彼女は羅刹となり…。そこからは副長も見たままです。俺が話し終えると、副長はそうか…と小さく呟いた。



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