新見さんが僕に飲ませようとする変若水を奪い取って自分で飲んだ。変若水を飲んだのは自分の意志、羅刹になるのも自分の意志。新見さんの言いなりになったわけじゃない。

ごくっと変若水を飲み込んだ。焼けるような熱を持ってそれは自分の体内に入っていく。気持ちが悪くて、全身を使って変若水を吐き出そうとするようだった。頭が痛くて身体が痛くて僕は声にならない声をあげる。どれくらいだったのだろう。自身の体のつくりが変わる痛みにのたうち回っていたら急に痛みが消えた。



「今井君、自分のことが分かりますか?」

『…はい』

「私のことは?」

『分かります』



そう返事した瞬間、彼は歓喜の声を上げる。成功だ。変若水の実験に成功した!綱道さんでもできなかったことを私はやってのけたのだ!そう声高に叫ぶ新見さんとは裏腹に僕は自身の姿を見て愕然とした。白い髪に紅い瞳、あの時みた羅刹と同じ姿だった。唯一違う点は僕は理性を保っているということ。

…何か甘い匂いが漂ってくる。何の匂いか分からないけれど、美味しそう、な…っ!

僕は咄嗟に鼻を摘まむ。これは駄目だ。いい匂いなんかじゃない。血の匂いじゃないか。僕は人間なのだから血に狂ってなんかいない。血なんていらない。血を飲みたくない。意識すればするほど血の匂いに敏感になって。気が付いたら涎が口の中に溜まってた。血を欲する本能を無理やり抑え込んでいれば、髪の色は白でなくなっていた。羅刹も人間と同じ姿になれるのか。



「素晴らしい!元の姿に戻ることが出来るとは!」



あぁ、どうしよう、僕はもう駄目だ。僕は羅刹だ。血を食らう化け物だ。理性を保っている内に、刀を自身に向けたけれど新見さんに止められて。僕は咄嗟に逃げた。

前川邸から八木邸に向かって走って気が付いた時には、はじめ組長の部屋の前にいた。寝ているであろう彼の部屋の障子を開けると刀を持っていた。寝ているのに人の気配に気づいたのか、流石はじめ組長。



『はじめ組長、お願いがあります』

「なんだ、こんな時間に」

『僕を殺してください』



言葉を失うはじめ組長に僕は続けて新見さんに女だとばれたこと、変若水を飲まないと言いふらすというので羅刹になったことを話す。ちらっと覗き見たはじめ組長の表情は酷く悲し気だった。



『今はまだ理性でなんとか抑えていますが、いつ吸血衝動が起こるか分かりません』



皆に被害を与える前に、早く、殺してほしい。僕はもう皆と共に生きていけない存在になってしまった。はじめ組長の部屋で懇願していると外から夜勤帰りの声が聞こえてきた。その声と共に香る血の匂い。ふわっと風に乗って届けられたそれは僕を刺激するには十分すぎた。



『…っ、ぐ、……ぁっ………』



今すぐ血を飲みに行きたい。血なんていらない。血が欲しくてほしくてたまらない。血を飲むなんて人間のすることじゃない。血で喉を潤したい。

本能と理性がぶつかり合う。頭が割れそうなほど痛くて、甘美な香りに誘われるように部屋を出た。もう理性なんて残っていなかった。



「八重!!」






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