最近、体調が優れない。羅刹を見てからと言うもの、彼を斬った感覚が離れないのだ。羅刹を殺したのは僕じゃない。だけど、血肉を斬る感触だとか力で押し負けた感覚だとか、僕の心に大きな影を落としたらしい。情けない。こんなのが組長補佐だなんて。浪士組がのし上がる為には人を斬ることだってこれから来るのに。

そんな僕を気遣ってはじめ組長が部屋を訪れた。具合はどうだ、少しは良くなったか。素直に返事出来るのは、はじめ組長を信頼しているから。たとえ余計なことを吐露しても彼なら受け止めてくれるだろうし他言もしないだろうから。



『すいません…、すぐに万全の状態に持っていきますので』

「…いや、気にするな。八重は人を斬ったのは初めてか」

『はい。江戸にいた頃なんて平和呆けしていたくらいですから』

「そうか」



気晴らしにどうだろう、一本。その仕草から試合をしようと言っているのだと分かった。僕はそれに乗り、木刀を持って壬生寺に向かった。

向かい合った僕らはそれぞれ木刀を構える。はじめ組長の剣筋は逆だからか特にやりにくい。利き手の問題なのだろうけれど、逆なだけでこれほどまでやりにくくなるのかと感心するほどに。もちろん、はじめ組長の剣術の腕もあるけど。



「どこからでも良い。好きなところからかかって来い」

『分かりました。行きます…!』



まずは一突き、重ねて一突き。簡単に躱されたけれど、随分深くまで入り込めた。今だ、そう思って突こうとすると逆に跳ね返されて。



『…っ』

「どうした。それで終わりか」



ならばこちらから、と咄嗟に取った距離がなくなる。激しい追撃を躱しながら反撃の間を待つ。一瞬も気を抜けない。少しでも隙を見せたら終わる。激しい攻防の応戦だった。

どのくらい打ち合ったのだろう。体力はとうに尽き、集中力だけでどうにか維持していた。緊張の糸が切れるのはすぐそこだ。

一瞬、強い風が吹いた。咄嗟のことに目を閉じてしまった僕の首元には、はじめ組長の木刀。これが真剣だったら僕は斬られて死んでいた。



『はぁはぁはぁ…ありがとう、ございました』

「……あぁ。強くなったな、八重」

『本当、ですか…?』

「俺は嘘は言わん」

『はじめ、ありがとう…!!』



覚悟を決めたつもりだった。人を殺し、人に憎まれ、戦場で死んでいく覚悟が。でも結局僕の覚悟なんて大したものじゃなくて。だから羅刹を倒さなきゃいけない時も覚悟が足りなかったのだ。人の肉を斬る感触に戸惑ってしまった。そんなものが全てどうでもよくなるような強さ。それを僕も手に入れないといけない。

僕たち以外誰もいなかったから試衛館の頃の口調に戻れば、はじめは嬉しそうに微笑んだ。




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